日本における「民主主義」は、アメリカによってもたらされたのではない

寺子屋モデルの山口社長から聞いた話について書きたい。山口社長は、教育勅語に関する勉強会で、昭和天皇について語った。

昭和天皇が学ばれた帝王学

裕仁親王(後の昭和天皇)は、当時乃木希典が院長を務めた学習院初等科に通っていたころ、化学が専門だが、イギリスに留学経験があり、教育に対する見識や評判も高い、杉浦重剛先生から倫理の授業を受けた。

重剛先生は、具体的な人物エピソードや詩歌・名言などを縦横に引用しながら毎回異なるテーマを設け授業中はテキストをほとんど見ずに、臨機応変に進めた。

皇太子時代の昭和天皇

(裕仁親王を含む)6人の生徒以外にも、興味を持って聴きにきた教員たちもいた。最初の授業のテーマは「三種の神器」だった。

「すなはち、玉の徳は仁を示し、剣の徳は勇を示し、鏡の徳は知を示す。知仁勇の三徳を身に行ひて、始めて君徳を完うするものなれば、我が子孫は三器の示す徳を修養して君臨すべしと教へ給ふ。されば、歴代の天皇は、天祖の御遺訓を体現せられて、民の父母として仁政を施し給へり。」

▽杉浦重剛著『昭和天皇の学ばれた教育勅語』(勉誠出版)よりhttp://amzn.to/2GIYCg0

前述の廣木氏の話に出てきた、林羅山の唱えた説である。

重剛先生は天智天皇、仁徳天皇、神武天皇を例に挙げてそれぞれの徳の効用について述べ、

「しかしこの三徳はどれも欠かすことができない性質です。三徳に着眼して修養するのが大切です。よく学問を修め、誰一人として愛さないことがないようにし、よく恥を知り、困難な状況でも勇気を持ってお挑みください。天照大神が三種の神器を託して遺訓をおっしゃったのは、深い意義があることをお忘れなきよう。最後に、倫理はただ口で論ずるだけではなく、実践が伴う必要がありますので、そのことについてよく考慮されますよう。」

と講じた。

現代のリーダーシップ論とも近いこのような帝王学は、のちの昭和天皇にどのような影響をもたらしたのであろうか。

マッカーサーを驚かせた昭和天皇

山口社長の講義のなかで、日本がポツダム宣言を受諾した後の、昭和20年9月に天皇が初めてGHQを訪れたときの話があった。

マッカーサーは当初、ドイツの皇帝がそうであったように命乞いにやってきたのだと思い、服も改めず、出迎えもしなかった。しかし、昭和天皇がマッカーサーに仰せられたのは

「自分は戦争の全責任者で、どうなっても構いません。皇居にあるものは何でもお譲りするので、日本国民を飢えや衣住の窮乏から救ってほしい。」

という訴えだった。

昭和天皇とマッカーサー

マッカーサーはそれを聞いて驚き、昭和天皇に大変な敬意を抱くようになった。今まで自分の身を国民のために差し出す覚悟を持った王はいなかった。

昭和天皇の人柄に敬服したマッカーサーによって象徴天皇は守られ、日本はアメリカからたくさんの救援物資と経済支援を受け戦争直後の物資の欠乏からくる貧窮を脱した。

ひとえに昭和天皇の人徳が為した偉業である。昭和天皇は重剛先生の教え通り、智・仁・勇の三徳を磨き、実践し、見事に人格として身につけられたのだ。

ここに昭和天皇の終戦のときの御製が残る。

爆弾にたふれゆく民の上をおもひいくさとめけり身はいかならむとも

▽小柳陽太郎著『名歌でたどる日本の心』(草思社)よりhttp://amzn.to/2GHLBDs

この歌を見て、涙せずにはいられなかった。天皇という存在の真の意味がわかった。日本は民と天皇の関係は古来より、家族のように近く、情愛にあふれたものだった。

それは仁徳天皇と民とのかまどにまつわる温かいエピソードでもわかる。天皇は、ただ制度として、偉いと定められているから偉いのではない。実際に優しく、強く、それゆえに偉い方、それが天皇なのだと理解することができた。

しかし、昭和天皇のこの本当のお姿を知る人は少ない。

昭和天皇「人間宣言」の本当の意味とは

終戦の翌年の元旦に出した昭和天皇の詔(新日本建設に関する詔書)はGHQにより「人間宣言」として日本中に伝えられ、教科書にもそのように載っているが、曲解であると思う。

「朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ」

という該当箇所を解釈すると、

「天皇と国民の古くからの絆は、信頼や敬愛の心から生まれるものであって、神話や伝説や、天皇が神様で、それゆえに日本国民は他の民族より優れているといった、架空の観念から生まれるわけではない」

となる。この文章をもって「天皇は人間である」と宣言したと解釈し、そこだけを強調するのは誤解を生じさせる。

原文を読めば、天皇が国民に伝えたかったのは、民主主義は、アメリカから授けられたものではなく、五箇条の御誓文によりもともと日本に存在していたということだとはっきりわかる。

▽官報號外 昭和21年1月1日 詔書 [人間宣言](国立国会図書館)www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/056/056tx.html

五箇条の御誓文では、大切なことはすべて会議を開いて議論を行い、意見を交わすことで公明正大に決めること、身分の上下を問わず、心を一つにして国を治めること、それぞれの職責を果たし、各自の志すところを達成できるように、人々に希望を失わせないことが必要であることなどが書かれている。

戦後の広島を行幸された昭和天皇

聖徳太子の十七条の憲法も参考にして定められたと伝えられる五箇条の御誓文は、和を重んじてきた日本の伝統に則ってもいる。

昭和天皇は、ご自身が学習院初等科で乃木希典や杉浦重剛から学ばれたであろうアメリカが来る前の日本本来の姿を国民に伝えようとなさっていたのだ。

この思いや考えがたくさんの国民から知られるところとなり、共有され、これからの日本に生かされていくことを望む。

志道名桜(しじ・なお)/ポーランド語を大学時代に専攻。ロンドン大学にて江戸時代の儒学者、陽明学者について学ぶ。現在は働きながら、教職科目、フランス語、ドイツ語、日本の歴史について勉強中。

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