米最高裁「生命軽視」判決撤回に激怒する“生命軽視派”の暴走

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令和4年(西暦2022年、皇暦2682年)6月24日、アメリカ最高裁は「胎児は人間ではない」というロジックで初期中絶と中期中絶へのあらゆる法規制を憲法違反扱いし後期中絶をも容認する途を拓いた「ロー対ウェイド判決」を撤回、中期中絶と後期中絶を禁止したミシシッピ川の州法を合憲とする、画期的な判決(ドブス対ジャクソン婦人科判決)を下した。

これについて生命軽視派(プロチョイス)は猛反発、ロサンゼルスでは生命軽視派である極左暴力集団「Antifa」が火炎放射器を持っての威嚇や高速道路の封鎖を実行、フェニックス(アリゾナ州州都)では生命軽視派が州議会を襲撃するなど、実力行使に及ぶ者も出てきている。

一方でトランプ前大統領は自身が任命した判事が今回の判決を主導したと主張し、「生命尊重」を訴えて支持の回復に意欲を見せた。対してアメリカ民主党は「中絶は女性の権利」と強調することにより、トランスジェンダリズム(性自認至上主義)を巡り分裂しているラディカル・フェミニストの支持を固めようとしている模様だ。

「プライバシーの権利」堕胎の根拠にならず

今回撤回された「ロー対ウェイド判決」(1973年)では、『アメリカ合衆国憲法』には明記されていないが事実上の憲法習律として確立しているプライバシーの権利を根拠に堕胎を「個人のプライバシー」に含まれると判断。

さらに「憲法上、胎児は人間ではない」として胎児に生命があるか否かの議論を避け、初期中絶を全面的に自由化するのみならず、中期中絶への法規制についても事実上違憲とした。これにより、アメリカ合衆国内の各州は後期中絶の場合を除き胎児の生命を尊重する観点からの堕胎への法規制を行うことが事実上出来なくなった。

もっともその後出された「ペンシルバニア家族計画協会対ケイシー判決」(1992年)では州が胎児の生命を尊重する観点から堕胎よりも出産を推奨する法律を制定すること自体は合憲とされたが、このことは却って各州において生命尊重の観点から法規制を求めるプロライフ(生命尊重派)と後期中絶や最終期中絶(出産の時に堕胎をすること、事実上の嬰児殺害)をも認めるべきであるとするプロチョイス(選択尊重派、生命軽視派)との対立を深めることとなった。

「ロー対ウェイド判決」の最大の問題点は、胎児の生命を一切考慮せず「胎児は人間ではない」として専らプライバシーの権利に基き各州の立法権を大幅に制限したこと。これが「生命軽視」であるとの批判を受け、また州の立法権の裁量の大きい連邦制を採用しているアメリカ合衆国において本当に正しい憲法解釈であるかはリベラル派の間でも批判があった。

一方、これまでにもアメリカ最高裁は避妊具の使用や同性婚など様々な事柄を「プライバシーの権利」を根拠に認めて来た。従って「ロー対ウェイド判決」の撤回はプライバシーの権利を判断基準にしてきた他の判例にも影響を与える可能性を高く、保守派の間でも法的安定性の観点(先例法理)から疑問視する声はあった。

今回の「ドブス対ジャクソン婦人科判決」では「ロー対ウェイド判決」が黒人隔離を合憲とした「プレッシー対ファーガソン判決」と同様の「最初から著しく間違っていた」判決であるとし、先例法理の適用除外であるとした。

そして「中絶を規制する権限は、国民とその選出された代表者に戻される」とし、生命倫理に対する法規制は各州の立法府に委ねられるべきであるとした。

プロチョイスによる暴力的な抗議運動

これを受けて極左暴力集団「Antifa」を中心とするプロチョイス(生命軽視派)は全米各地でデモを行い、一部は暴力的に抗議運動を行った。

カリフォルニア州のロサンゼルスでは保守派ジャーナリストのアンディ・ヌゴのTwitterにより、堕胎推進派団体が高速道路を封鎖し通る自動車を襲撃したり、火炎放射器で警察官を襲撃しようとしたり花火を警察官に向かってならしたりしている様子が動画付きで報道された。

また、アリゾナ州の州都であるフェニックスではプロチョイスの市民が州議会の建物を叩くなどしたため治安当局が催涙ガスを使って追い散らす騒ぎとなった(2022年6月26日『朝日新聞』朝刊第7面「中絶の権利 根底から否定」参照)。

これまでもプロチョイスは後期中絶や最終期中絶の容認と言った過激な主張や生命尊重派の運営する出産支援センターへの襲撃と言った暴力的な活動を行っており、このことが却って生命尊重派との対立を煽っていた。

しかし、こうしたプロチョイスの行動はアメリカ民主党内にも異論がある。

生命尊重派寄りの判決が下ることを畏れた民主党のプロチョイス議員は女性の健康を名目に堕胎の全面自由化を迫る「女性の健康保護法案」を提出したが、今年5月11日にアメリカ上院は否決をした。民主党は上下両院で過半数を握っているが、民主党内からも造反者が出た。

だが、民主党内にも反対派がいるからこそ、プロチョイスは過激な行動に出ているともいえる。

「黒人射殺市長」を閣僚にしたバイデン大統領

アメリカの政党は党員が数百万人単位で存在する上に、大統領候補のみならず地方議会議員候補に至るまで予備選挙で決めることが通例であるため、共和党と民主党の二大政党には様々な派閥が存在する。

その中でも民主党の派閥について日本のマスコミは大きく「穏健派」(中道派)と「急進派」(左派)とがあると報道しているが、この呼称は不適切だ。

例えば堕胎については「穏健派」とされるバイデン大統領が「中絶全面自由化」を主張している一方、「急進派」に近いとされるオバマ前大統領は「中絶は女性の権利だが、中絶の必要のない社会が理想だ」として生命尊重派にも一定の配慮を見せるなど、完全に「逆転」している(AFP2009年5月18日 「オバマ大統領、カトリック大で演説 「中絶問題は共存の道を」」https://www.afpbb.com/articles/-/2603288等参照)。

その背景にはアメリカの二大政党の成立史が絡んでいる。元々アメリカ民主党が「奴隷制擁護・自由貿易」を掲げて南北戦争を戦っていたことはよく知られている。

無論、多くの人はそれを「過去の話」と認識し、今のアメリカ民主党は「人種差別反対・平和主義・格差是正」の立場に立つと思っているであろう。しかしながら、それは事実に反する。

アメリカ民主党の“リベラル化”は大東亜戦争の時のローズヴェルト大統領の時期に始まる。今でもバイデン大統領はローズヴェルトを称賛するなど、アメリカ民主党のいわゆる「穏健派」が偉人扱いする人物だ。

ローズヴェルトは確かに公共事業を行うなどの画期的な経済政策を行いはしたが、一方で日系人強制収容を始め人種差別的な政策を推し進めた。その次のトルーマン大統領はローズヴェルトの計画した原子爆弾を日本に落とした張本人であるだけでなく、朝鮮戦争でも原爆を使おうとしていた(マッカーサーの原爆投下にトルーマンが反対したと言う事実は今では否定されている)。

またトルーマン大統領は人種差別団体であるKKKにも所属していた。その後もアメリカ民主党は「モンロー主義」の共和党寄りむしろ好戦的な政党であった。

近年は共和党で好戦的なネオコンが力を持っていることもあり民主党には相対的に平和主義のイメージがついているが、実際には現在侵略戦争であることが事実上確定しているイラク戦争には民主党議員も多くが賛成しており、その内の一人が今のバイデン大統領である。

さらに、バイデン大統領は市長時代の黒人射殺事件の責任を問われて予備選挙で敗退したブティジェッジ氏を閣僚に任命するなどしており、彼を「穏健派」と言うのはあくまでも「白人エリート層」に対する穏健と言う意味である。日本では当たり前の再分配政策である国民皆保険ですら「急進派」の主張とするアメリカ民主党の自称「穏健派」が誰を向いているかは明白だ。

マイノリティの「プロライフ化」に危機感

一方でケネディ政権以降、アメリカ民主党はカトリックやイスラム教の信者といったマイノリティへの支持を積極的に拡大する戦略に出た。プロテスタント主導で建国されたアメリカには貧困層や有色人種、移民も少なくなく、福祉拡充を求める彼らの主張が「急進派」であると呼ばれるようになった経緯がある。

カトリックやイスラム教はプロライフ(生命尊重派)であり、またオバマ元大統領は黒人教会の支持を受けていたこともあり、プロライフにも融和的な姿勢を見せていた。一方、カトリック信者でもあるバイデン大統領はプロチョイス色を強調したため、一部のカトリック信者が「敵の敵は味方」としてトランプ前大統領を支持するなどの傾向も見られた。

無論、民主党の中にも支持母体の意向を反映してプロライフとなった者はいる。

民主党員のジョン・ベル・エドワーズが知事であるルイジアナ州では堕胎規制法が民主党議員の賛成もあり州会で成立するなど、一部の民主党員は生命尊重の姿勢を鮮明にしている。この法案に署名したエドワード知事は過去には副大統領候補に選ばれたこともある民主党の重鎮である。

今の民主党を揺るがしているのは自称「穏健派」の強硬なプロチョイス姿勢だけではない。

これまで民主党は女性の権利を守るためには女子トイレのスペース確保が必要であると主張してきた。無論、女子トイレが男子トイレよりも広いスペースで無いといけないのは男女の身体的な違いによるものであるから、男女のトイレは身体性別で分けられていた。

だが、今の民主党の自称「穏健派」はトランスジェンダリズム(性自認至上主義)を採用し、女子トイレに対する法規制の緩和やトイレを身体性別ではなく性自認で分けるべき主張(こうした主張は性自認が男女の一方に定まらないXジェンダーを排除する者でもある)、男女共用トイレの推進といったことを主張しているため、支持母体の一つであったラディカル・フェミニストも賛否を巡り分裂している。

極左暴力集団「Antifa」はトランスジェンダリズムも支持の立場であり、トランスジェンダリズムに反対するラディカル・フェミニストに「TERF」のレッテルを貼りプロライフと同一視している(ラディカル・フェミニストは生命尊重派を激しく攻撃しているのだが)。

復権を企むトランプ前大統領

こうしたアメリカ民主党の混乱を「好機」として見ているのが、トランプ前大統領だ。

トランプ前大統領は早速自身がこれまでプロライフ(生命尊重派)の最高裁判事を任命してきたことを「功績」としてアピールしている。

アメリカ共和党も歴史的な「モンロー主義」路線から近年急成長している好戦的なネオコン路線まで、様々な路線の派閥が共存している政党である。トランプ前大統領はグローバリズム反対を訴えたが、グローバリズムを推進している支持者もいる。

そうした共和党が党内をまとめるためのスローガンが「生命尊重」と「減税」だ。

生命尊重に反対する人間はいないし、税金が下がることに反対する人間もいない。この二つは共和党を結束させるのみならず、民主党の支持層を奪うことも可能にする。

しかし、現実にはプロライフ勢力の伸長は共和党をも分裂の危機に誘いそうだ。

そもそもトランプ前大統領は元リバタリアン党出身でプロチョイスの人間であった。共和党入党後もプロチョイス団体である全米家族計画連盟に好意的な発言をしていた。

米連邦議会襲撃事件でトランプ支持者は同じ共和党の仲間を「殺せ!」と叫んでいたが、彼らを「生命尊重派」と呼ぶことに抵抗があるのは、私だけではあるまい。

現実にはトランプ支持者が「殺せ!」と叫んだ相手こそ、プロライフの重鎮たちであった。

マイク・ペンス前副大統領はプロライフの政治家として著名である。また、今回最高裁でプロライフの判事が多数を占めたのは反トランプ勢力の重鎮であるミッチ・マコーネル共和党院内総務がプロチョイス判事の任命を一貫して妨害してきたことも大きい。

今回の判決を下した生命尊重派の判事もトランプ氏による不正選挙の主張は認めていないのであり、「生命尊重」の一点だけでトランプ前大統領が幅広い支持を集めることは困難だ。アメリカ共和党は連邦議会襲撃事件からまだ立ち直れていない。

さらに、一部の共和党員はレイプ等の場合も含む「堕胎全面禁止」という極端な主張もしている。これにはトランプ前大統領やペンス前副大統領も反対しているが、極論を唱える論者で分裂するのは民主党だけではない模様だ。

今後の政界では民主党内の「生命軽視派」(いわゆる「穏健派」)と「マイノリティ派」に「社会民主主義派」(いわゆる「左派」)、共和党内の「トランプ派」と「ペンス派」そして「教条主義派」とに別れた複雑な権力闘争が繰り広げられるだろう。現在プロチョイス勢力が行っているような暴力行為が激化しないことを願うばかりである。

日野智貴(ひの・ともき)平成9年(西暦1997年)兵庫県生まれ。京都地蔵文化研究所研究員。日本SRGM連盟代表、日本アニマルライツ連盟理事。専門は歴史学。宝蔵神社(京都府宇治市)やインドラ寺(インド共和国マハラシュトラ州ナグプール市)で修行した経験から宗教に関心を持つ。著書に『「古事記」「日本書紀」千三百年の孤独――消えた古代王朝』(共著・明石書店、2020年)、『菜食実践は「天皇国・日本」への道』(アマゾンPOD、2019年)がある。

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