令和5年9月29日、かわぐちかいじ原作の『沈黙の艦隊』(吉野耕平監督)が実写映画として公開された。Amazonスタジオ制作による日本初作品。
原作は個人的にも思い出深い。中学生時代、同級生に薦められて読み始めた。まさに大人向けの重厚な漫画で、軍事、心理描写、内外の政治的駆け引きが緻密かつ大胆に描かれている。
同じ原作者の作品としては『空母いぶき』が令和元年に若松節朗監督によって実写映画化されている。しかし同作は、政治的配慮のためか、大きくストーリーが改変されていた。
映画『沈黙の艦隊』を公開初日に観たのだが、おおむね原作のあらすじに忠実だったように思う。そして何よりも、潜水艦や空母などの迫力が圧倒的だった。CGも駆使されているのだろうが、実物と区別するのが難しいくらいだ。
劇中、登場人物が潜水艦を鯨に例えるシーンがある。深海の潜水艦はまさに鯨のように、スクリーンの海を自由自在に回遊していた。潜水艦映画として、『沈黙の艦隊』は金字塔を打ち建てたと言って良いだろう。
中でも注目すべきは役者の演技だ。特に主演の大沢たかおは、主人公・海江田四郎そのものだった。海江田四郎は優秀な海上自衛官で、潜水艦の艦長。一自衛官が国際社会を混乱の渦に巻き込むわけだが、その難しい役回りを見事に演じ切った。
おそらく、大沢たかおにとっても『沈黙の艦隊』は代表作の一つになるだろう。なお彼は、本作のプロデューサーも務めている。
映画『沈黙の艦隊』公式サイト silent-service.jp
まさに現代にふさわしい映画
『沈黙の艦隊』が漫画連載された時代は米ソ冷戦とソ連崩壊が起こっており、それら国際社会の激動を背景にしている。その時代から現代は、大きく変動した。中国は軍備を増強し、ロシアはウクライナを侵略している。中東やアフリカの混乱も収まらない。
軍事的に、アメリカ一強は崩れつつある。しかし、依然として核の脅威が消えることもない。
『沈黙の艦隊』が主要テーマにしている「核兵器」の存在は、いまなお私たちに避けられない課題として突きつけられている。
かつて日本政府は、核武装を検討したことがある。科学技術庁(昭和31年創設、平成13年に文部省と統合)はまさに「日本核武装のために設置された」とも云われている。
近年、国会などで核武装について議論されることはほとんどない。漫画連載当時と変わらず、依然としてわが国は米国の核抑止力に依存していることになっている。
しかし米軍が弱体化していけば、日本が米の「核の傘」に守られているという神話も、真実味を失っていかざるを得ない。そのような歴史の転換点にあって、大作『沈黙の艦隊』は実写映画として甦ったのだ。
原作での、海江田の台詞を思い出す。彼は当時の日本人に「独立せよ!」と迫った。その檄に、われわれは未だ応えていない。
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