自民党の腐敗を是正する唯一の方法とは

かつて江藤淳が「自民党の社会党化」を憂えてから久しい。江藤は社会党の委員長を総理に担いだ当時の自民党執行部の節操の無さを嘆いたのであるが、自社さ連立政権樹立から既に25年以上の歳月がたっている。

当時生まれていない私も成人になるほど、時間は流れた。世間では「日本は右傾化した」と言う人もいる。「自民党が社会党になった」とは、もはや声高には叫ばれていない。

しかしながら、私はやはり「自民党の社会党化」が進んでいると考える。それも、四半世紀前以上に深刻に、だ。

左翼の弱体化を以て「日本の右傾化」と言うならば、それは正しい。だが、左翼が弱くなったことは、保守が強くなったことを意味はしない。

私はむしろ、今の自民党において「保守派」は却って弱まっているように感じるのである。

その「保守」政治家は非自民出身

今、自民党の保守政治家として誰の顔が思い浮かぶだろうか?

杉田水脈議員、長尾たかし議員、山谷えり子議員、和田政宗議員、高市早苗議員…これらの政治家については「本気ではない」「充分ではない」と言った批判が来ることはあるが、少なくとも掲げている政策が「保守」であることを疑う声は無いであろう。

私もこうした保守派の政治家には期待している。だが、彼らがいくら日本のために尽力されていたとしても、私は自民党を支持はできないのである。

理由は簡単である。彼らは全員、自民党出身ではない。

杉田水脈議員は「みんなの党」出身で、「日本維新の会」から「次世代の党」に行き、保守派の政治家として注目を集めていた。

杉田議員が次世代の党時代に行ったある講演会で「今の自民党は共産党みたいな政策を出すんです!」と言っていたことを、私は忘れることが出来ない。

長尾たかし議員は「民主党」出身、山谷えり子議員は「民社党」出身、和田政宗議員は「みんなの党」出身、高市早苗議員は無所属で初当選したが事実上の「新進党」出身である。

彼らの多くは「保守団結の会」にも所属しているが、同会の代表である城内実議員は自民党の推薦候補である熊谷弘氏を破って無所属で初当選、その後自民党に所属したものの、郵政選挙で一時期離党していた。

要するに、今の自民党において「保守」を掲げる政治家の圧倒的多くは「非自民」出身なのである。

対して、正真正銘の自民党政治家は、と言うと保守派の政治家が圧倒的に少ないことに気付くはずだ。

中には一見「保守」に見えて正体は「左翼」であった、と言う者もいる。

その典型が稲田朋美議員であろう。「保守団結の会」も稲田議員の“左傾化”を憂える議員らによって結成された。なお、私は高校時代から稲田議員の本性を見抜いており、当時ブログの自己紹介欄に「反稲田朋美」と書いて炎上したことがあることは、誇りに思っている。

また、片山さつき議員は財務省官僚時代に「自衛官4万人削減」を訴えていた人物だが、当選回数の少ない頃は排外主義団体「在特会」に接近するなど、かなり歪んだ形ではあるが“愛国者”アピールをしていた。

しかし、安倍政権下で地方創生大臣に任命された後は「中国と協力してスーパーシティ実現」等と言うようになり、親中派どころか「日本の中共化」を推進するに至っている。

言うまでもなく、政治家は当選回数の少ない時ほど本音を言いにくく、当選回数を重ねると本音を言いやすくなる。つまり、稲田議員や片山議員は今の言動こそが「本音」であったのである。

このように、自民党出身議員から「保守派」が登場しなくなり、自民党内で辛うじて「保守」を訴えているのは非自民出身議員たちである、というのが現状なのだ。

自民党による「保守系野党」潰し

今の自民党から保守派の議員が登場しなくなっているのは、自民党の構造的な問題であると言っても良い。我が国では長い間、自民党以外の保守政党は存在しなかった。そのような状態では保守派の人材は自民党が育成しなくても自分から自民党に入ってきていたのである。

しかしながら、平成5年(西暦1993年、皇暦2653年)の政変で保守本流の流れを汲む新生党や日本新党が政権を握る一方、自民党は左派の河野洋平元官房長官を総裁に擁立した。これにより保守派の有権者や候補者の中で非自民の選択肢が生まれた。

実際、先程挙げた非自民出身の保守系議員の多くは平成5年以降に初当選した議員たちである。

ここで自民党がすべきことは、保守票を固めるために「自民党こそが真の保守である」とアピールすることであった。事実、自民党は現在「保守」アピールに邁進している。だがそれは掛け声倒れで、積極的に保守派の人材を育成する気は毛頭なかったのだ。

それどころか、自民党はむしろ非自民の保守政党を潰すことによって保守票を固めようとしている気配すらある。

その典型が「自共共闘」である。今や地方選挙では、保守系の候補者が自民党と対立すると、自民党が共産党と組んでまで彼らを潰そうとすることは珍しくもなくなった。

そして平成29年(西暦2017年、皇暦2677年)、「希望の党」設立の時は、安倍首相自ら民進党の保守系議員の希望の党合流を「単なる野合」と非難。自民党内からは「(民進党左派議員が設立した)立憲民主党の方が筋を通している」と評価をする人間がでる始末であった。

ちなみに、希望の党に合流したのは民進党議員だけでは無い。日教組を非難したことが原因で最終的に自民党を除名にされた中山成彬議員を始め、多くの保守派の候補者が希望の党から出馬した。

希望の党失速の原因は小池百合子知事による「排除」発言であるが、中山成彬議員は自民党から「排除」されたのである。そうした経緯を踏まえず一方的に「野合」と非難するのは不誠実極まりない。

無論、自民党が「自分たちこそが保守」との立場を鮮明にしていたのならば、話は別である。だが、実際にはそうではない。むしろ自民党の「左翼議員」と希望の党の「保守議員」が対立する構図の選挙区すら、あった。

中山成彬議員の地盤である宮崎1区では、自民党公認候補は左派(宏池会)の武井俊輔議員であり、対して希望の党が擁立したのは外山斎元参議院議員であった。

武井議員は「選択的夫婦別姓賛成派」だ。また、公費支出を受けながら天皇陛下の肖像を焼いた『あいちトリエンナーレ』主催者を擁護。いわゆる「慰安婦」問題では、「政府の責任を痛感する」とした日韓慰安婦合意について「(合意を主導した)わが宏池会会長、岸田外務大臣を誇りに思います」と発言。かなり左寄りの政治家である。

一方、中山議員の地盤を事実上受け継いだ外山元議員は選択的夫婦別姓慎重派であり、いわゆる「慰安婦」問題では『河野談話』の白紙撤回を求めて国会で初めて河野洋平元官房長官の参考人招致を求めた政治家である。武井議員よりも「右」側にいることは確実であった。

このように、自民党は保守派の政治家を育成しなかったばかりか、むしろ積極的に非自民の保守派候補を潰していったのである。

自民党再生のためにも「保守二大政党制」は必須

今の自民党を見ると、彼らは日本の伝統を守る「保守派」ではなく、自分たちの利権を守る「守旧派」に成り下がっている、と言えるだろう。

こうした自民党の腐敗を是正する方法は、一つしかない。自民党以外の有力な保守政党を作るのである。

自民党が怖れているのは、保守票が野党に流れることである。だからこそ、保守系野党を全力で潰す。しかし、保守票が自民党の「固定票」となると自民党の政治家は選挙を怖れなくなり、身を正さなくなる。

自民党に不満を持っている保守派の有権者は多い。その受け皿が無いのが問題なのだ。

これまで自民党は保守系野党を積極的につぶしてきた。地方選挙レベルでは共産党と組んでまで潰してきた例もある。だが、それに甘んじていてよいのであろうか?

保守派の国民は、自民党の妨害を乗り越えてでも、自民党の腐敗を糾弾する保守系候補者を支援するべきであろう。

保守派の有権者が自民党以外の選択肢を公然と選び始めた時、自民党議員もようやく反省するはずである。

日野智貴(ひの・ともき)平成9年(西暦1997年)兵庫県生まれ。京都地蔵文化研究所研究員。日本SRGM連盟代表、日本アニマルライツ連盟理事。専門は歴史学。宝蔵神社(京都府宇治市)やインドラ寺(インド共和国マハラシュトラ州ナグプール市)で修行した経験から宗教に関心を持つ。著書に『「古事記」「日本書紀」千三百年の孤独――消えた古代王朝』(共著・明石書店、2020年)、『菜食実践は「天皇国・日本」への道』(アマゾンPOD、2019年)がある。


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