ハリポタ原作者を脅迫! LGBT運動を乗っ取った極左過激派「TRA」とは?

「これは不味いな。これを放置するとSRGM(広義のセクマイ。後述)全体が誤解される」

※セクマイ=Sexual Minority

私にそう確信させたもの、それは「ハリーポッター」シリーズの原作者として知られるJ.K.ローリング女史に対する、誹謗中傷の嵐であった。

ローリング女史を誹謗中傷していたのは「TRA」(Trans Right Activist、トランス権利活動家)と呼ばれる集団である。彼らは肉体の性別と心の性別が一致しないトランスジェンダーの権利を守ることを大義名分に、様々な人間に「差別主義者」のレッテルを貼り、さらにはローリング女史らに脅迫までしていた。

彼らは国際的に活躍しており、アンティファ勢力や日本の極左過激派「C.R.A.C」(対レイシスト行動集団、旧「しばき隊」)とも連携している。「人権派」を装う彼らの活動は、既に日本の裁判所の判決にまで悪影響を及ぼしている。

LGBT問題に無関心な方がこの記事を読むと、あまりもの衝撃に「フェイクニュースではないか?」と思われるかも、知れない。だが、この記事に書いてあることは、一転の誇張もない事実だ。信じられないことが、現に世界中で起きているのである。

「LGBTだけじゃない!」SRGM当事者の実態

まず、大前提としてマイノリティーは一枚岩ではない。マイノリティーを一枚岩に扱うことは、それこそ差別である。

例えば、一部の在日韓国朝鮮人は朝鮮総連に所属している。しかし、在日韓国朝鮮人全員を朝鮮総連支持者扱いすると、それは差別である。当たり前のことだ。

無論、朝鮮総連は「私たちはすべての在日同胞の代弁者である」と主張するだろう。だが、それは客観的事実ではなく、彼らによる政治的宣伝である。それを真に受けて朝鮮総連への怒りを在日全体にぶつけるネトウヨも愚かとしか言いようがないが、いずれにせよこうした主張は政治的思惑によるデマである。

多くの人はこうした政治的なデマに騙されないリテラシーを持っているだろう。だが、マスコミが「一枚岩」な、ステレオタイプのイメージを拡散していると、その限りではない。

セクマイ界隈ではそうしたことが常に起きている。そもそも「LGBT」という言葉自体が、マイノリティーを不当に一枚岩に押し込めようとするものである。

LGBTという枠組みは全ての(広義の)セクマイを表すものではない。LG(同性愛者)、B(両性愛者)の運動とT(トランスジェンダー)の運動が政治的に連携した際に生まれたスローガンである。

最近知ったことであるが、かつてはゲイバーに女装した男性が入ることも珍しくなかったらしい。女装男子とトランス女性(肉体は男性だが、心は女性)とは厳密には異なるが、同性愛者のコミュニティとトランスジェンダーのコミュニティとが連携する歴史的経緯が存在したようである。

しかし、LGBと言った「性的指向」におけるマイノリティーとTつまり「性自認」におけるマイノリティーとは、必ずしもイコールではない。しかも、LGBTに含まれないマイノリティーも存在する。

性的指向に限定して言うと、アセクシャルやそれに近いAceスペクトラムというマイノリティーが存在する。また、性自認については男性とも女性とも自認しないXジェンダーという自認をする人もいる。

さらに、恋愛指向によるマイノリティーもある。LGBT活動家の中には「性の解放」運動を推進した新左翼の影響を受けた人たちが少なくなかったためか、性的指向と恋愛指向の違いに注意しない人も少なくなかった。しかし「恋愛=性欲」という概念がデートレイプ等の様々な問題を生んでいることは、事実である。

私はLGBTという枠組みを否定したい訳ではない。この枠組みは政治活動の現場では有用であったし、今でも社会に根付いてはいる。だが、それによってLGBTに含まれない人が無視されることがあってはならない。

今年4月、Twitterでは「#LGBTだけじゃない」というハッシュタグが流行した。LGBTに含まれないマイノリティーたちが声を上げ始めたのである。

LGBTに限らず(無論、LGBTも含むが)、性的指向・恋愛指向・性自認によるマイノリティーを包括した呼び方である「SRGM」(性・恋愛・ジェンダー少数者)という言葉も徐々に広まってきている。LGBT自体も多様である上に、LGBT以外のマイノリティーも存在するのであるから、読者の方はここでこれまでマスコミ等によって形成されたステレオタイプなイメージを一度疑って欲しい。

「トランス女性は女性です」運動の勝利

さて、本題に入ると事の発端はここ数年ネット上で盛んになった「トランス女性は女性です」運動である。

これは当初、トランスジェンダーへの差別や偏見を除去することを目的にした運動であると理解され、多くの人の賛同を得た。だが、次第に「トランス女性は女性です」運動の主導者は“暴走”していく。いや、「次第に」ではなく最初からその意図はあった。

それは、「身体的な性別区分の無視」である。具体的には

「トランス女性(肉体男性)が女子トイレを使用できないのは差別である。トランス女性は女性であるから、すべての女性専用空間を使用する権利を有する。トイレ等は肉体の性別ではなく自認する性別によって使用するべきであり、それを否定するものは差別主義者だ!」

というものだ。

私はこの運動の危険性を何人かの保守派の活動家に訴えたが、彼らは「そんなことを言っているのはほんの少数派だろう」と言ってまともに相手にしなかった。しかし、私はこの運動が明確に政治的な意図を持った運動であり、彼らは決して「少数派」ではなくむしろ「権力側」に立っていることを見抜いていた。

残念ながら、私の予想は的中した。昨年12月、身体は男性であるトランス女性の経済産業省官僚が女子トイレを使用できないことについて「違法」との判決が下った。

これを受けて「トランスジェンダーの権利」を主張する過激派TRAの人たちは「肉体の性別ではなく、自認する性でトイレを使用するべき」という主張を拡散し、それに異議を唱える人たちに「差別主義者」のレッテルを貼った。

だが、男女で使用するトイレが違うのは言うまでもなく肉体の構造が違うからである。しかも、彼らは性自認が男性でも女性でもないXジェンダーの人たちを無視している。マスコミやネットでは多数派に見える過激派TRAであるが、SRGM当事者で彼らに同調するのは一部に過ぎないことを、強調しておきたい。

J.K.ローリング女史への脅迫

私が過激派TRAによる「トランス女性は女性です」運動の危険性を認知したのは、これが国際的に広がっている運動であったからだ。我々が今目にしているのは、決して「一部のLGBT活動家の暴走」ではなく、むしろ「特定の政治思想を持った国際的な勢力がLGBTを利用している」状況である。

日本は世界的には男女共用トイレの多い国である。特に狭い店ではそうだ。だが、女子トイレは男子トイレよりも混雑率が高いのは客観的事実であり、そうすると女子トイレに男子トイレよりも広いスペースを設けるのは「不当な差別」でもなんでもなく「合理的な区別」である、と言える。

中国では女子トイレのスペース確保を巡る運動が起きているほどであり、アメリカでは女子トイレのスペース確保が各州の法律で定められている。

しかし、過激派TRAは世界中でその成果を覆そうとしている。アメリカでは一部の州で逆に男女共用トイレが推奨されている。それがLGBT差別撤廃になるというのだ。イギリスではキリスト教系の学校でも男女共用トイレが建設され、問題になっている。

そして、過激派TRAはさらなる暴走をしている。それは、肉体女性をもはや「女性」とは呼ばない、女性とは「女性の肉体を持った人」ではなく「女性と自認する人」のことである、という主張である。

結果、「女性の肉体を持った人」を「女性」と呼ぶのは差別であり、「生理のある人」と呼ぶのがポリコレ的な(政治的に正しい)言い方である、とされた。

呆れたことには一部のリベラル・フェミニストまでこれに賛同した。肉体の性別を重視するのは保守的・右翼的な態度であり、家父長制を肯定するもので許せない、というような理屈らしい。女子トイレのスペース確保はフェミニズム運動の成果であったはずだが、彼らにとって「女性の権利」はあくまで建前だけであったということであろう。

だが、彼らは自分たちの主張が「リベラル」だと思い込んでいたことに、問題があった。

「ハリーポッター」シリーズで有名な国際的に有名な作家・J.K.ローリング女史はイギリス労働党の党員でもあるバリバリのリベラル派であり、LGBTにも理解が深かった。しかし、ローリング女史は過激派TRAの暴走を危惧し、Twitterで次のような意味のツイートをした。

「昔は確かに“生理のある人”を意味する言葉があったわ。それを何というか、教えてくれない?」

すると、過激派TRAはこれを差別発言だとして非難した。ネット上での誹謗中傷に加え、脅迫もあった。日本でもC.R.A.C(旧しばき隊)を中心にローリング女史への攻撃が行われた。政治家レベルでもこれに同調する人が出ており、朝日新聞等のマスコミもこの問題について過激派TRAに近い立場での報道を行った。

さらに、Twitterでは英語圏を中心にローリング女史が死亡したことを示唆するツイートが多数なされた。無論、ローリング女史はご健在である。今生きている人間を死人扱いするという、昔の漫画にあるような単純な、しかし、重大な嫌がらせだ。これにはTwitter社も「ローリング女史は死んでいない」という声明を出す羽目になった。

リベラル派は自由主義を前提にした穏健左翼の通称なので、自分の意見を押し付ける過激派TRAはリベラル派とは言えないであろう。彼らは全体主義に染まったスターリン主義者の亜種であると見做すべきである。事実、日本共産党にもTRAに同調する議員は存在する。

現在、今度はローリング女史の新刊小説が非難されている。推理小説に出てくる犯人が女装した男性だったというのである。そもそも女装した男性とトランス女性は別物であるし、仮に「トランス女性が犯人の小説」を欠くことがトランス差別であるならば「女性が犯人の小説」を書くことは女性差別である、という話になってしまう。私はこの小説を読んでいないが、どうも読まずに非難している人も多いようで、過激派TRAの影響力の強さを感じる。

過激派TRAの主戦場「トランス女湯問題」

過激派TRAは単にトランス女性(肉体男性)の女子トイレの使用権を求めているだけでは、無い。「全ての女性専用スペース」の利用を求めているのであり、その中には女子風呂も含まれる。

今年8月12日、日本最大のフェミニズムNPO団体「WAN」が公式サイトに掲載した石上卯乃氏の文章「トランスジェンダーを排除しているわけではない」(wan.or.jp)が過激派TRAにより激しい非難に晒された。

石上氏は「私たちは、トランスジェンダーの人たちとも、平和的に共存したいと思っています」と強調し、「ただ、ペニスを付けた男性が女性風呂に入ることは、耐え難いのです」と述べた。

石上氏を待っていたのは、過激派TRAによる「差別主義者」そして「TERF」のレッテル貼りであった。

TERFとは「トランス排除ラディカル・フェミニスト」のことである。TRAやリベラル・フェミニストの一部はラディカル・フェミニストの一部がトランス差別を推進しているとして、このレッテルを貼って非難していた。ローリング女史にもTERFのレッテルが貼られていた。

この背景にはフェミニズム運動内部の分裂がある。多くの人(特に保守派)にはリベラル・フェミニストとラディカル・フェミニストの区別はつかないであろうが、この両者の立場は大きく異なるものである。

リベラル・フェミニストこそ、今の世界で政治的に強い影響力を持っている存在であり、今回の事件は一部のリベラル・フェミニストが左翼の内ゲバ体質を披露して見せただけ、という言い方もできる。だが、左翼の内ゲバと片付けられない深刻な影響を与えている。

トランス女性(肉体男性)が女湯に入ることを肯定する主張には、3つの問題がある。

第一に、性自認は内面の問題であって客観的な確認は不可能である。女装した男性でも銭湯で全裸になると嫌でも赤の他人に性器を見せることになるが、仮にそうしたトランス女性を変態趣味の男性と考えた女性が通報した場合、警察はどうやって当該人物の性自認を確認するのであろうか?

無論、世の中には推定無罪の原則があるが、これは本物の変態が見逃される可能性が高いということである。

第二に、過激派TRAは「トランス女性による性犯罪は少ないのに、犯罪者扱いするな!」と言っているが、そもそも仮にその主張が正しいとしても、風呂場を肉体の性別で別けるのは、性犯罪防止のためではない。

女性による性犯罪は男性によるそれよりも有意に少ないが、かと言って男子風呂に自由に女性が入ってよい、とは誰も言わないであろう。そもそも、肉体の性別が異なる者の性器を見せることは深刻な人権侵害である。

第三に、性自認によって風呂場やトイレを分けるのだとすれば、性自認がXジェンダーの人は男湯と女湯のどちらに入ればよいのであろうか?

まさかとは思うが、「X風呂」や「Xトイレ」を作らないと「差別だ!」と言われるのであろうか?というか、今までの彼らの主張を見ていると、リアルにあり得そうである。

ちなみに、私はこの問題について「いわゆるTERFを攻撃する過激派TRAこそ「トランス差別」ではないのか?――“一部の”リベラル・フェミニズムの欺瞞」(note.com)という記事をnoteに書いたところ、なんと「TERF」のレッテルを貼られた。

軽く説明すると、ラディカル・フェミニズムは女性主体の運動であって、男性のラディカル・フェミニストはそもそも存在しないはずである。仮に存在しても、超保守派の私がフェミニストであるはずはないのだが。

結局、過激派TRAにとって相手を攻撃するレッテルがあれば、何でもよいのである。Xジェンダーを含む多くのSRGM当事者を無視している点で、彼らの欺瞞が判ると言うものだ。

マイノリティー運動の“二つの敵”

私はかつてインドに帰化してインド仏教復興運動の最高指導者となった佐々井秀嶺上人(元インド共和国少数者委員会仏教徒代表)の下で修行したことがあるが、インドの仏教徒の多くはヒンドゥー教において人間扱いされていない旧不可触民階級(ダリット)の人々である。このダリット解放運動は、他のあらゆるマイノリティー解放運動にとっても大いに参考になる。

ヒンドゥー教の教義では人間をヴァルナによって上からバラモン(聖職者)、クシャトリヤ(貴族・戦士)、ヴァイシャ(庶民)、シュードラ(奴隷)の四つの身分に分ける。そしてさらに、奴隷以下の、というよりも一部の動物よりも下に置かれる、人間扱いされない不可触民とされる人々がいるのである。

また、ヒンドゥー教では職業の世襲を理想視しており、階級と職業は厳格に世襲させる。これがカースト制度である。

このカースト制度を「公的に」廃止したのが、不可触民出身で始めて閣僚となり、『インド共和国憲法』の起草者にしてインド仏教復興運動の提唱者でもあるアンベードカル菩薩(初代インド共和国法務大臣)である。

だが、不可触民解放運動はアンベードカル菩薩の下で一つになったわけではなく、二つの“内なる敵”によって分断された。

一つは、インド共産党による差別反対運動である。学生時代からインドの支配階級に反発しつつも「反共愛国」の思想の持ち主であったアンベードカル菩薩にとって、共産党の運動は不可触民を利用しているものにしか見えなかった。

もう一つは、マハトマ・ガンディーらインド国民会議派による「差別反対運動」である。彼らは「不可触民を差別してはならない」とは言ったが、職業の世襲は肯定した上に、カースト制度の根幹であるヴァルナ制に至っては「ヒンドゥー教と一体である」としていた。

不可触民階級から養子を取っていたマハトマ・ガンディーでさえ「アンベードカル博士のヴァルナ制廃止の要求には同意できない」と述べ、インド国会に不可触民階級への留保議席を与えることに至っては「死に至るまで」の断食を行い、アンベードカル菩薩に妥協を余儀なくさせた。

(なお、政治家に「菩薩」と付けることに違和感を抱く方もいるかもしれないが、インドでは政治家に宗教的称号があるのは珍しくない。ガンディーの「マハトマ」もヒンドゥー教における称号である。)

要するに「特定の政治的目標に利用しようとする勢力」と「体制側のガス抜きに利用しようとする勢力」とが、差別解放運動を分断させたのである。そして、しばしばこの両者は連携している。

インド国民会議派はインド独立後、中国やソ連に近い立場に立った。これを聞くと驚かれる方がいるかもしれないが、当時はインドのネルー首相と中国の周恩来首相が「平和五原則」を発表するなど、インドと中国の関係は良好であった。

それを非難していたアンベードカル菩薩は法務大臣を辞任に追い込まれ、その後の選挙ではインド国民会議派を中心とする保守派と、インド共産党を中心とする左翼勢力の両方の攻撃を受け、落選した。

私が「日本SRGM連盟」で目指すもの

日本でも「特定の政治的目標に利用しようとする勢力」と「体制側のガス抜きに利用しようとする勢力」の連合は見られる。朝鮮総連とパチンコ業界、そして自民党の関係はその典型だろう。

SRGMに関してもそうである。リベラル・フェミニストが身体的性別を無視したいという思想を強硬に主張することは、政府からすると配偶者控除廃止という「リベラルから称賛される増税」を行う環境が整う訳であり、財界からすると「男女ともに長時間労働」をさせることを可能にする。現に『労働基準法』から女性労働者保護規定が削除されたとき、多くのリベラル・フェミニストは賛成した。

今回リベラル・フェミニストが一見トランスジェンダーに寄り添っているように見えるのは、彼らがSRGMに優しいからではなく、トランスジェンダーの権利を口実に他者を攻撃するためである。

こうした外部の思惑を排除するための一つの試金石は、「この主張は誰かを犠牲にしないか?」というものだ。

トランス女湯問題は、Xジェンダーや肉体女性の権利を軽視し、彼らの犠牲の上に一部のトランス女性(肉体男性)の権利を認めよう、というものである。他にも過激派TRAに代表されるリベラル・フェミニストの主張を見ると、誰かを犠牲にするようなものがしばしば含まれる。

私は先日、日本SRGM連盟(acecommunitywestjapan.amebaownd.com)を結成した。綱領には「正当な権利を、他の何者をも犠牲にしない正当な方法で実現」「他者を犠牲にする形での運動には、一切協力しない」と明記した。この当たり前の原則を明記してこそ、外部の干渉を拒絶できる。

極左暴力集団「アンティファ」も、ローリング女史を攻撃する過激派TRAも、同根の存在である。彼らの本当の目的は何か、については本稿の趣旨に反するので割愛するが、ここでは一人でも多くの人に「過激派TRAはSRGMの総意ではない」ことを知ってほしい。自身もSRGM当事者(アセクシャル)である私の切なる希望である。

日野智貴(ひの・ともき)平成9年(西暦1997年)兵庫県生まれ。京都地蔵文化研究所研究員。日本SRGM連盟代表、日本アニマルライツ連盟理事。専門は歴史学。宝蔵神社(京都府宇治市)やインドラ寺(インド共和国マハラシュトラ州ナグプール市)で修行した経験から宗教に関心を持つ。著書に『「古事記」「日本書紀」千三百年の孤独――消えた古代王朝』(共著・明石書店、2020年)、『菜食実践は「天皇国・日本」への道』(アマゾンPOD、2019年)がある。

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