アジア安全保障会議で中国が対米最後通牒「武力行使は放棄しない」

上岡龍次
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西暦2019年5月31日より、シンガポールでアジア安全保障会議(シャングリラ会合)が行われている。

この会議は、相互信頼と地域の安定を目的とし、アジア・欧米の国防相や軍高官が定期的に交流し意志疎通を行なっている。いわば、不要な戦争を回避する人類の知恵なのだが、対立が激化すると間接的な最後通牒や宣戦布告が行われる場にもなりうる。

魏国防相は台湾との『再統一』について、可能な限り『平和的な手続き』を目指していくが、武力行使は放棄しないと述べ、人民解放軍の決意を過小評価することは「極めて危険だ」と警告した。
▽「米国が戦い望むなら受けて立つ」 貿易問題で中国国防相(AFP)
https://www.afpbb.com/articles/-/3227992

舌戦

アメリカは中国の覇権拡大を批判し、中国は自国の主権保護を盾に反発。中国の覇権拡大は南シナ海・インド洋まで及び、周辺国の国家主権を脅かすまで至った。しかしアメリカの本音は「パクス・アメリカーナ(アメリカの平和)」を否定する中国の行為を許さない、というものだ。

今の国際秩序はアメリカに都合がいいルールだから、中国の覇権拡大は「パクス・アメリカーナ」を否定する行為となる。これをアメリカは南シナ海周辺国の国家主権に置き換え中国を批判したわけだ。中国はあくまで国家主権を盾にアメリカに反発を見せる。

アメリカと中国の対立は安全保障会議でも舌戦となって現れている。戦争は現状の国際秩序(=平和)を否定することで勃発する。ということは、間接的に第三次世界大戦は始まっていると言える。現在の「米中貿易戦争」は典型例であり、間接的な「米中戦争」なのだ。

台湾

戦前の台湾は日本領土だった。戦後、大陸から国共内戦に敗北した蒋介石が台湾に侵攻。その後、蒋介石が台湾を統治した。1951年にサンフランシスコ講和条約が成立したが、台湾の帰属は定まっていない。

国際法では、領土は実効支配している国のものになる。これが現実だから、蒋介石派の台湾になっている。中国共産党は国際法の論理を用い、台湾を中国の領土だとしている。何故なら蒋介石の台湾政権はあくまで中国の内戦で敗れた組織だからだ。

別に中国共産党は嘘を言っていない。台湾が日本領だったことは言わないで、蒋介石の立場がサンフランシスコ講和条約で宙に浮いていること、そして国際法の論理を用いて領有権主張を正当化している。中国共産党は国際法の抜け穴を突いているのだ。

迷惑なのは旧日本人

台湾人は蒋介石派(外省人)と旧日本人(本省人)で構成されている。台湾の帰属先はサンフランシスコ講和条約で宙に浮いたままで漂流状態にあった時に、中国大陸の内戦問題が台湾まで拡大。

つまり旧日本人である台湾人は、中国の内戦問題に巻き込まれたのである。台湾人にしてみれば迷惑な話だ。現在の台湾独立論は蒋介石派のための独立であって、本来の台湾人(本省人=旧日本人)のための独立とは言い難い。

中国は国家主権を主張

中国共産党政権は台湾における自国の主権を主張しているので、もしアメリカ政府が「台湾独立」を支持すれば、それ自体が正当な戦争理由になる。

現代の戦争は「良い戦争」と「悪い戦争」が分けられており、主権を護る戦争は「良い戦争」だ。国家は国民に人権を与える存在であり、もし国家主権が消滅すれば、当該国民は人権が保障されない状態になる。だから国家は、消滅しないために戦争する。

国家の戦争目的には、以下のようなものが考えられる。
A:国家主権を護る
B:国際的な覇権を争う
C:利権を争う
D:主義・宗教を争う
E:国内権力を争う
F:植民地争奪
G:略奪

現代において「悪い戦争」とされるのは「F:植民地争奪」と「G:略奪」目的の戦争だ。アメリカは、中国がアジアで「悪い戦争」をしていると批判している。一方、中国は政治論として台湾の領有権を主張しているので、軍事論としては台湾を「防衛する」という理屈になる。

中国から見れば、「台湾独立」は国家主権を否定する行為となる。中国は今般のアジア安全保障会議の場を用い、アメリカと台湾に対し間接的な最後通牒をしたと言える。

台湾の地勢

台湾は重要な海上交通路に位置しており、しかも台湾海峡(中国大陸と台湾島の海峡)とバシー海峡(台湾島とフィリピン・ルソン島の海峡)が存在する。台湾は海上交通路を管制する位置に在り、しかも中国が沖縄を攻略する際には「ジャンプ台」になる。中国が沖縄を占領するためには、必ず台湾が必要なのだ。

しかも中国が台湾を占領すれば、この段階で日米が使う海上交通路を遮断される。これは経済的な打撃になり、日米が海洋国家として生きるには苦難を強いられることになる。それだけ台湾の位置は重要であり、アメリカと中国が譲歩しない原因でもある。

開戦の正当性

現代の国際社会では、基本的に軍隊を用いて先に開戦した国は「悪の国」とされる。その理由は、軍隊を用いて今の平和(国際秩序)を否定することになるからだ。従って、各国は国際紛争があっても基本的に先制攻撃しないようにしている。

戦前の日本は、そのような国際社会のマナーを知らずに先に開戦(真珠湾攻撃)し、「悪の国」にされてしまった。

しかし現在でも国際法では、国家主権を護る戦争は「良い戦争」に区分されている。この論理から、中国は台湾独立阻止を大義名分として、先に開戦できると考えている。

よって、今般のアジア安全保障会議における中国国防相の発言は、決して脅しではなく、現実化できるということを意味している。中国からアメリカに向けた間接的な最後通牒とする所以だ。

巻き込まれる世界

世界はアメリカ陣営と中国陣営に分断され始めた。これは嫌でも巻き込まれる分断であるから、各国の国民は気付いたときにはどちらかの陣営に参加していることになるだろう。これからも米中の舌戦が続くが、我々には見守るしか出来ないのだ。

上岡龍次(うえおか・りゅうじ)/戦争学研究家、昭和46年3月19日生まれ。愛媛県出身。九州東海大学大学院卒(情報工学専攻修士)。軍事評論家である元陸将補の松村劭(つとむ)氏に師事。これ以後、日本では珍しい戦争学の研究家となる。

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