声に出せばわかる三島由紀夫「檄」 具体的にどう詠むか(3)

いよいよ最後の急の部(第七~最終段落)である。

最大の音声で阿修羅の如く、鬼神も避ける勢いで詠まねばならないが、私は、ここで一つ大きな変更を檄文に試みている。それは、前述した如く、現行の第八段落と第九段落を一つの段落と見なしたことである。

これにより、文章の構築面においては美しい均衡が現れ得たのだが、詠みにおける変化も大きなものがある。

「あと二年の内に」とは何か

現行の第八段落、末尾の文章、

「抗議して腹を切るジェネラル一人、自衛隊からは出なかった。」

は段落を締めるという責務から解放され、詠む強さはずっと軽くなった。

代わりに重くなったのは、現行第九段落末尾、

「あと二年の内に自主性を回復せねば、左派のいう如く、自衛隊は永遠にアメリカの傭兵として終るであろう。」

である。

お分かりになられるであろう、三島はこれより二年後に行われる沖縄返還にあたり、これと同時期に外交問題となっていた日米繊維交渉を引き合いに出し、自衛隊に檄を発しているのである。

当時の日米間の大きな懸案事項であった貿易摩擦である繊維問題、これに関して、日本は譲歩に次ぐ譲歩を強いられた。その理由は言うまでもない、沖縄返還の問題が同時に存在していたからである。

沖縄という“人質”があり、実力行使で人質を取り戻すことが不可能ならば、我々は“身代金”を払う他は無い。

当時のマスコミはこの状況を、糸を売って縄を買ったと揶揄した。

だが、武力無しに失われた領土を取り戻す、それがどれだけの難事であるかは歴史の示すところであり、現在も北方領土問題で我々が痛感するところである。政治家とて安穏と手をこまねいていた訳では無い。

しかし、繊維業者からすれば、それは揶揄では済まない、文字通りの死活問題である。会社を、従業員とその家族を命を懸けて護らねばならぬ。彼らは政府の弱腰を詰った、売国奴とまで呼び捨てた。

愛する故の突き放し

それは正に、

「我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上る」

の本物の男の姿であった。

民間人にして猶斯くの如し、況や軍人においてをや。

それなのに諸官たちは、上からの命令が無いと何も出来ません、などと小役人のようなことを言う、内心忸怩、自らを情けないとは思わないのか。これが三島の思いであろう。

故に

「抗議して腹を切るジエネラル一人、自衛隊からは出なかった。」

は、三島が発した檄、幹部社員が部下に言う「やる気が無いなら会社を辞めろ。」の謂いなのである。実際に辞表を出して欲しい訳ではない。

この愛情が裏側にこもった檄が、

「自衛隊からは出なかった。」

で段落を切れば、実際に腹を切らなかったことを情けなく思うというニュアンスが強くなり、切断された現行第九段落は、檄というよりも、荒野の預言者めいた物言いになる。(見事に当たってはいるのだが。)

今回、私は、その部分では「永遠に」の部分に特に力を込めて詠む。そんなことではいつまで経っても駄目だ、と言う時のいつまでと同じ、煽りの意味合いを込めて詠む心算である。

最終第九段落、ここでは、従来怒気を持って詠まれることが多かった「われわれは四年待った。」から「最後の三十分待とう。」までを敢えて冷たく突き放すように詠む。もうお前たちには愛想が尽きたというニュアンスで詠むのである。

無論、これは本心ではない。自衛隊を愛するが故、憤を発して欲しいが為の突き放しである。

優しさと激しさと哀しさと

今回檄文を詠み込む中で、私は初めて檄文に漂う哀しみの情に気付き、三島の優しさに触れた。それは、一度気が付いてみれば、何故今までそれに気づかなかったのか不思議な程である。

今回、檄文を詠むにあたっては、そのような部分をも表出したい。芝居がかっているとの声もあろうが、ただ怒りに任せて罵倒している訳ではないということは喚起しておきたい。

よって直後、「共に立って」から「共に死のう。」までは、その反動で全てを懸けての絶唱となる。最初に述べた如く、檄文は大和魂で、勁さと優しさ、聡明さと哀しさを併せ持って詠まねばならないのである。

付け加えると、私は

「日本を日本の真姿に戻してそこで死ぬのだ。」

の「そこで」に拘り、強調して詠む。

三島は、今ここで死ねとは一言も言っていない、日本を日本の真姿に戻す為にこそ生き抜けと言っているのである。生と死は不可分である。何の為に死ぬかということは、命懸けで真剣に生きよと同義である。

ここで最初から断っておこう、「共に死のう。」この声は私には出せない。これは喊声である。戦場の最前線、突撃を掛ける時に出す声である。

銃弾飛び交う死地に足を踏み出す時、さあ行こうか位で足が動く筈もない。肚の奥底から声を振り絞らなければならない。幸か不幸か、私にはそのような経験がない。無論、工夫はするが、所詮は作り物である。

残るのは「至純の魂」

そして最後の一文、

「われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである。」

これは、余韻であり、武道でいうところの残心である。

檄文を詠み終えるにあたり、嫋々とした余韻が残るように、もののあはれが感じられるように締め括りたいと思う。

それしてもこの結尾文、言葉の選択配列の何という見事さよ。

最後に三島は、これまで文に鏤めていた「魂」、「一」、「男子」、「武士」という言葉を織り込み「この挙に出たのである。」と最初の段落で提起した「この挙に出たのは何故であるか。」に今一度、最終的な答えを与え、檄文全体を俯瞰・総括する形で文を締め括っている。

そして、さらにその上、「至純」という言葉を自衛隊に冠し捧げ、錦に花を添えている。

三島が自決したこの年の十一月二十五日は、旧暦では十月二十七日であり、吉田松陰先生の命日である。

このことを考えれば、この至純という言葉は、松陰先生が好まれた至誠という言葉の面影付であることは明らかであり、表面上の罵倒の裏にあった三島の自衛隊への情愛が奥深い余韻を伴い棚引くのである。完璧な作り、渾身の作と感嘆する他は無い。

これまで不当なる低評価と誤解を受けてきた檄文は、「作品」それも最高度の構築性と様式美を誇るものとして認知されるべきであると、私は改めて主張する。

そして、その卓越性を知るためには、声に出して詠む、それも作品のリズムが己の躰に浸透するまで詠むことが一番である。

読書百遍意自ずから通ず、或いは、誦数以て之を貫くと古より伝えられる通りなのである。(了)
           
▽福岡憂国忌 平成30年11月23日(金・祝)午後1時より

石原志乃武(いしはら・しのぶ)/昭和34年生、福岡在住。心育研究家。現在の知識偏重の教育に警鐘を鳴らし、心を育てる教育(心育)の確立を目指す。





▽三島由紀夫「檄文」全文はこちら

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