声に出せばわかる三島由紀夫「檄」 具体的にどう詠むか(2)

さて、これからは各論ということになる。

まずは、序の部分、第一~三段落であるが、一番注意することは、急がないということである。

特に、第二段落は、既に核心的なことが語られており、またその内容が、余りにも正鵠を射ていることに加えて、時が経つにつれ、ますますその切実さを増しているので、どうしてもここは勢いを持って詠みたくなるのだが、今はまだその時ではない、本当の頂点はまだ先なのである。

序はまだ滔々と詠まねばならぬ。

「檄 楯の会隊長 三島由紀夫」、ここだけは聴衆の耳目を引くために、雄勁な大音声で述べるが、その後は、悠然と詠み進まなければならない。

わが胸中に一点の私心の濁り無し、私憤私欲で行う行為ではないことを聞く者に理解してもらうことが、この部分の目的である。「一片の打算もない」、「純一であり」、「一点の疑いもない」、「唯一の場所」繰り返される一という言葉は、その象徴である。

音律を整える修辞法

「準自衛官としての待遇を受け、一片の打算もない教育を受け、」

音律を整える為の修辞法は、早くも用いられる。

以降頻出するこの修辞法に関しては、逐一取り上げていけば、文章が冗長になるので、要所に触れる時のみ述べるに止めようと思うが、私は二度の繰り返しで終わるときは、二度目は力むこと無く、しかし一度目よりは強調し、三度繰り返すときは、三度目をはっきりと強調して伝えたい。

序の部分であれば

「真の日本、真の日本人、真の武士の魂」

或いは

「自衛隊が目ざめる時こそ、日本が目ざめる時だと信じた。自衛隊が自ら目ざめることなしに、この眠れる日本が目ざめることはないのを信じた。憲法改正によって、自衛隊が建軍の本義に立ち、真の国軍となる日のために、国民として微力の限りを尽すこと以上に大いなる責務はない、と信じた。」

などがそうである。

熟語の詠み方

個々の熟語の詠みについて述べる。

「われわれにとって自衛隊は故郷であり」の故郷、今まで私はふるさとと詠んできた。ふるさとは私の好きな言葉の響きの一つである。しかし、ここはこきょうと詠まなければならないと気付いた。何故ならば、その直後「凛冽の気を呼吸できる」のこきゅうと韻を踏んでいるからである。

また、「国の大本を忘れ」の大本は、そのあと「本を正さずして末に走り」とあるので、やはり、おおもとと詠むべきであろう。たいほんと詠むほうが歯切れのよいことは確かであるが、第三段落終結部の「国のねじ曲った大本を正す」は明らかに、おおもとと詠むべきで、文章全体を通しての統一性も考慮に入れ、おおもとと詠むことにする。

アンチクライマックス

第三段落、ここは難所である。

文全体からすれば、ここはアンチクライマックス、中心段落である第五段落のインパクトをより高める為に置かれた段落である。いよいよ悲劇的な核心に入る前、ふと昔日の美しき思い出が心を過る。最も悲しいことは、悲しい時に楽しかったことを思い出すことである。

この段落は、そのような対比効果を狙ったものであることは明白であるが、引き過ぎてもこれまで積み上げてきたものを崩し、また振り出しに戻ってしまいかねない。その加減が難しい。第二段落よりも温かさを感じさせねばならないが、それが弱さに繋がってはならない。

そして、この段落においても、

「国体を守るのは軍隊であり、政体を守るのは警察である。」
「日本の軍隊の建軍の本義とは、『天皇を中心とする日本の歴史・文化・伝統を守る』ことにしか存在しないのである。」

といった極めて本質的な指摘が為されている。ここは軽くは扱えない。ここは威を込めて詠む。

感嘆符の役割

次は、破の部(第四~六段落)である。

言うまでもなく、ここは銘記せよ!を腹の底からの大音声で訴えねばならない。ここが中心なのである。

そして、ここを中心と理解することで、檄文は“切腹ノススメ”といった言われなき軛から解き放たれるのである。このことに関しては、章を変えてまた述べようと思う。今は、より具体的な詠み方である。

そして、第四段落終結直前「名を捨てて、実をとる!」、ここは本当に侮蔑の念を込め、口にするのも汚らわしいと言わんばかりの調子で詠む。

三島はここに感嘆符を付けた。言うまでもなく、呆れ返るということである。名を捨てて実を取る!銘記せよ!この二つの感嘆符の役割の違いがはっきりと認識出来ていなければならない。

詠む速度は、序の部分よりは当然上げるが、まだ決定的に速めてはならない。むしろ、急の部分の爆発の為に活力は蓄えておかなければならない。

それは、温存といった現場対応的な意味合いもないわけではないが。怒りを堪えに堪えているといったニュアンスを出すことが重要なのである。

三島は「我慢に我慢を重ねても、守るべき最後の一線をこえれば、決然起ち上るのが男であり武士である。」と述べている。この破の部分は我慢に我慢を重ねている部分である。

故に「これ以上のパラドックスがあろうか。」「かくなる上は、自らの力を自覚して、国の論理の歪みを正すほかに道はないことがわかっているのに、自衛隊は声を奪われたカナリヤのように黙ったままだった。」の部分は不穏な空気に包まれねばならない、急の部分での爆発を予感させるものでなければならない。

怒りを必死に堪えている雰囲気を伝えなければならない。

「矜」と「衿」

補足を少しばかり。第六段落中に「男の矜りがどうしてこれを容認しえよう。」とあるが、ネット上では、これを男の衿と書かれた物も見られ、これをそのまま、男のえりがどうしてこれを、と詠み上げている朗読劇も動画で上がっている。

全体としては力のこもった熱演であり、好感を持って見ているが、この部分に来るとやはり興が醒める。

何故、このようなことになるのかと言えば、檄文が作品として認識されていないからである。全集出版元が、檄文に然るべき校正を加え、遺稿として確定版を出せば、このような混乱は起こらない。

現在、檄文は、全集では最後の巻の方、端役的な位置に雑然とした形でしか収められていない。

恰も、どこに置いて良いものか決めかねるといった風情である。これが、今の三島理解の現状を象徴したものなのであろう。「日本人自ら日本の歴史と伝統を涜してゆく」行為が一向に止む気配がないのも道理である。
(続く)

▽福岡憂国忌 平成30年11月23日(金・祝)午後1時より

石原志乃武(いしはら・しのぶ)/昭和34年生、福岡在住。心育研究家。現在の知識偏重の教育に警鐘を鳴らし、心を育てる教育(心育)の確立を目指す。





▽三島由紀夫「檄文」全文はこちら

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