政府紙幣発行による国民配当(ベーシックインカム)を導入する10のメリット

野党再編の行方は見通せないが、平成29年(西暦2017年、皇暦2679年)の総選挙で希望の党が「ベーシックインカム」導入を公約にして以来、国民民主党を中心に国民配当(いわゆるベーシックインカム)を巡る議論が断続的に行われている。

特に、今回のコロナ禍で全ての国民に一律10万円の給付金が支給された件は、国民配当導入の雛形となるものであった。

国民配当は国民に一律の金を定期的に給付するというものであるから、仮に今後国民配当導入の議論が進むと、今回の件の反省点を活かすことが求められる。

さて、国民配当についてよく「社会主義的である」とか「国民の勤労意欲を削ぐ」と言った批判が寄せられている。しかし、それは政府紙幣を財源とした国民配当においては、明確に誤りである。

私はむしろ、保守派こそ「政府紙幣を財源とした国民配当導入」を主張しなければならないと考える。この政策には、メリットが大きいからだ。

その1 生活保護よりも効率的に貧困解消

国民配当制度とは、全ての国民に一律に給付金を配る制度である。とは言っても、全額を現金とする必要はない。

私の試案では、現金給付は月5万円、現物給付は月10万円(家賃助成等含む)を制度設計として想定している。どちらも財源は政府紙幣の発行である。

一人当たり合計15万円となると、生活保護の給付額よりも少ない。財源が政府紙幣だと後述のようにインフレになり、物価も上がる。そう考えると貧困対策としては生活保護の方が有用である、という主張もあるかも知れない。

しかし、現実問題として、4人暮らしの家庭であれば現金だけでも月20万円入る。その上で家賃助成等の現物給付があれば、多少インフレになっても物価の安い田舎に移住すれば生活できるようになる。

さらに、生活保護に付き物の「不正受給」や「水際戦術」が無くなる。全ての国民に一律給付される以上、支給漏れはないのである。不正受給などと言うのは概念自体消滅する。

生活保護制度の問題点は、働いている人間からの税金を働いていない人間に給付する、と言うところにもあった。これは特に保守派の間では根強い不満であったはずだ。だが、働いている国民にも給付される国民配当ではそのような問題も起きない。

今後、シンギュラリティの進展でブルーカラーのみならずホワイトカラー労働者からも失業者が増えることが予想される。その際に「不正受給」や「水際戦術」の起こり得る生活保護では不公平感を増すだけである。国民配当制度の方が優れていると言える。

その2 インフレで国民の勤労意欲が増進する

政府紙幣を発行すると、インフレになる。インフレになると、勤労所得による格差が拡大する一方で、国民の勤労意欲は増進する。

これが、政府紙幣発行による国民配当制度と社会主義経済の根本的な違いである。社会主義では格差をなくす方向に動くが、政府紙幣発行による国民配当制度では貧困を解消しつつ、勤労所得による格差はむしろ拡大するのである。

多くの人にとっては釈迦に説法であるかもしれないが、一応、インフレとデフレの違いについて、消費者の視点から簡単にまとめると、次のようになる。

インフレ:商品が欲しい! 金ならあるから商品を売ってくれ!
デフレ :お金がない! 商品は売っているけれど買えない!

デフレだと、勤労者はいくら一生懸命働いても商品が売れない、と言う状態になる。これでは勤労意欲が増すどころか、場合によっては業績不振で会社がつぶれる心配すらしないといけない状況になる。

急激なインフレだと「商品が足りない!」ということでまた別の問題を生み出すが、あくまで勤労者の立場からのみ論じると、インフレの方が勤労意欲は増すのである。

繰り返すが、今後シンギュラリティの進展で従来型の雇用は減ることが予想される。新産業への転職と言っても、デフレ下で勤労意欲が下がっていると失業者は転職活動よりも生活保護の不正受給に労力を割きかねない。

政府紙幣発行による国民配当制度導入により、前述の制度設計で言うと、現金だけでも月5万円が一億人以上の日本国民に支給される。一年間で合計約60兆円が支給されるのである。

まさか、全ての国民が全額をタンス預金にするわけはないので、その多くは消費に回るなり、銀行預金となるなりする。銀行預金というのも、最終的に銀行融資の形で市場に流入する。

つまり、市場における消費が増えてインフレ傾向になる。勤労意欲が増進する上に、仮に事業に失敗しても最低限の生活は保障されるので、産業の転換が進むシンギュラリティの時代において新しい事業にチャレンジするものが増え、結果的に日本の国益にも適うことになる。

その3 金融資産による格差が縮小する

政府紙幣発行による国民配当制度は、勤労所得による格差を拡大させる一方で、金融資産による格差は縮小させる。

例えば、一億円の金融資産を持っている人がいたとする。野村総研の定義では「富裕層」に当たる人々である。

インフレになると、その一億円の価値は少しずつ低下していく。一方、貧困層も含めすべての国民に一律同じだけの金額が配られる。つまり、富裕層の保有する金融資産の価値が減った分だけ、全ての国民に均等に分配される。

これは「インフレ税」の考え方である。政府紙幣を財源に全ての国民に一律給付を行うと、金融資産による格差が自動的に縮小されるのである。

これは市場原理に基づく格差縮小であり、所得税や相続税とは違い脱税は不可能である。つまり、税金を財源とした社会福祉制度よりも、効果的に格差を縮小させることが出来る。

金融資産による格差が縮小される一方、勤労所得による格差が増大するということは、要するに不労所得の価値が下がり勤労所得の価値が上がるということであり、この観点でも国民の勤労意欲の増進に繋がる。

その4 財政赤字の負担が軽減する

金融資産の一つとして国債が存在するが、この国債の価値もインフレによって低下する。一方、国民に一律給付金を支給すると、全ての国民が全額をタンス預金に回すようなことはあり得ない以上、必然的に消費は増えて消費税の税収が増える。

また、消費が増えるとそれに波及した経済効果も生まれるので、その他の税収も増加傾向となる。

税率を上げなくとも税収が増え、政府からすると財政赤字の負担は大幅に軽減される。

その5 伝統保守勢力の影響力が増す

インフレになると金融資産の価値は下落するが、固定資産の価値は高騰する。特に、私の主張通り現物給付に家賃助成等を含めると、その傾向はさらに強くなる。

このことは我が国の経済構造にも大きな変化をもたらす。

今の日本は株式譲渡益だけで上場企業の経営者よりも巨額の収入を得るものがいるなど、金融経済が中心に国が動いている。

重工業よりも証券会社の方が利潤は大きいのではないか。事実上、政府も金融緩和をはじめ金融市場を重視した政策は積極的に推進しているが、公共事業については民主党政権の頃よりも減っている。

民主党政権が伝統保守勢力を基盤とした政権でなかったことは言うまでもないが、自民党政権も最早伝統保守勢力を基盤とはしていない。

公共事業費を削減して伝統保守勢力の基盤であった地方の自営業者で苦しむ人が増える一方、企業の株価だけ吊り上がり大企業はそれを原資に海外で雇用を創出、日本国内ではマスク一つ作れないという笑えない経済構造が出来上がっていた。

固定資産の価値が上がり金融資産の価値が下がると、攻守は逆転する。

今の日本で固定資産を多く保有しているのは、財閥系企業、伝統的な自営業者、農家等の農林水産業者、神社等の伝統宗教等である。

財閥系企業以外は今世紀に入ってから慢性的に経済力が落ちていた勢力である。だが、固定資産の価値が上がると彼らも資金繰りをしやすくなる。

ちなみに、平成21年(西暦2009年、皇暦2669年)の政権交代の背景には民主党が公約に農家への戸別保障制度を掲げたのが大きい。戸別保障制度自体には問題点もあったが、自民党が農家を中心とする伝統保守勢力を軽視していた証左であるといえよう。

伝統保守勢力の経済力が回復することは、我が国の政治においても大きな変革が起きることが期待される。

その6 地方への人口移動が起きる

全国民に一律同じだけの給付金が支給されると、物価の高い都市部よりも物価の安い地方で暮らす方が、都市と地方の収入格差を考慮してもなお得である、と判断する人たちが増えることが予想される。

結果、東京一極集中が緩和されて地方への人口移動が起きる。一度その流れが起きると、最終的には雇用や産業の地方移転も進むこととなる。

その7 地方自治体の財政が安定する

地方への人口移動は地方自治体からすると住民税と地方消費税の増収を意味し、さらに固定資産の価値高騰で固定資産税の収入も増える。地方自治体の財政は安定する。

また、過疎地域への対策も行いやすくなる。現在は過疎地域ではコンパクトシティ化が推奨されているが、国民配当制度が導入されると逆に第一次産業を中心とした地方創生が行われることとなるだろう。

既に述べたように農家にとって有利な経済状況が出来ている。農林水産業は収入の不安定さがネックであったが、国民配当制度だと仮に凶作になっても最低限の生活は維持できるのであるから、第一次産業にチャレンジすることのリスクは減ることになる。

その8 社会保険料の削減で可処分所得が増加する

国民配当制度が導入されると公的年金と雇用保険は不要となる。無論、直ちに廃止すると問題が生じるから、民営化・任意保険化を行うのが妥当であろう。

結果、強制的な社会保険料が削減されて国民の可処分所得が増加する。

その9 晩婚化・少子化へのブレーキがかかる

私は少子高齢化そのものが問題であるとは考えていない。

無論、人工妊娠中絶によって赤ちゃんの命が奪われるのは問題であるし、中絶の背景にある貧困や広義の性暴力と言った社会問題、或いは、多くのケースで見られる家庭問題(望まない妊娠と親からの愛情を感じていないこととに相関性があるという研究結果もある)は解決されるべきであることは言うまでもないし、「中絶は女性の権利」としてこうした社会問題・家庭問題の解決から目を逸らさせようとする「プロチョイス」と言う名の「アンチライフ」勢力は駆逐されるべきである。

(社会問題・家庭問題を解決せずに、胎児という新たな犠牲者を生むことによって、本当に女性の権利が守られると思っている人がいたら、その人は精神異常者である)

そうした社会問題や家庭問題の解決を推進する施策は当然に行われるべきであるが、少子化対策のみを主題に置くと、私生児や移民の増えたフランスの二の舞となる可能性もある。

こういうと一部左派からの批判が来ることが予想されるが、私生児の存在そのものが問題と言う訳ではない。家制度がしっかりと機能していると、離婚・未婚等の事情があっても育児がしやすくなるし、また養子縁組等の制度も活用しやすくなる。つまり、家制度が解体されていることこそが問題である。

今の日本の最大の問題は、経済的理由で結婚に二の足を踏むカップルが多いということである。経済的理由さえなければ既に結婚している、というカップルは多いはずだ。

時代にあった家制度の構築にはなお議論が必要ではあるが、少なくとも、家というものへの経済基盤の保障には国民配当制度は有益である。家族の数が多いほどその家庭の可処分所得が増加するからである。

その10 ブラック企業や反社会的勢力が淘汰される

先程「勤労所得による格差は増大する」と述べたが、それは「同一賃金・同一労働」の原則が成り立たなくなる、と言うものではない。

むしろ、失業のリスクが軽減すると、労働者は正当な報酬を支払わない会社を辞めやすくなる。企業もワーキングプアだった労働者に対して正当な報酬を支払わざるを得なくなるし、それだけの経済基盤の無い企業は市場から淘汰される。

だが、インフレ傾向においては実際には市場から淘汰される企業はそれほど多くはならないであろう。無論、シンギュラリティの進展等の理由で淘汰されてしまう企業は今後出てくるであろうが、だからこその国民配当制度なのである。

万が一、会社が潰れても生活保護に頼ることなく、生活基盤が保障される。そのような状況であれば、失業・転職のリスクは軽減される。そして、同時にやむを得ずブラック企業に就職する必要もない。

貧困を理由に反社会的な職業――パチンコや風俗、フロント企業等――に勤めるものもいなくなる。それでもそうした職業に就くのは特殊な思想をお持ちの方だけということになろう。

日本の歴史に学ぶ真の「第三の道」

近代世界は「資本主義か、社会主義か」を軸に動いていた。「第三の道」と称する勢力もいくつか現れたが、それらはファシズムのように「心情右翼、実態左翼」の勢力となるか、それとも政治家のパフォーマンス的なアピールに過ぎなかった。

今の世界では新自由主義と社会民主主義という、両極端な勢力が登場している。貧困解消と市場原理の両立と言う発想を持つ者は驚くほど少ない。

政府紙幣発行による国民配当制度とは、貧困解消と市場原理の両立を行うものであるが、それは決して左翼的な流れによるものではなく、我が国の古代の律令国家の方針でもあった。

詳細は割愛するが、奈良時代の我が国は全ての国民に衣食住を保障する一方で、貨幣経済の導入を目指していた。新自由主義でも社会民主主義でもない真の「第三の道」がそこにあったと言えよう。

近代保守主義の父とされるのはエドマンド・バークであるが、エドマンド・バークが心酔していたのがモンテスキューである。モンテスキューは市民革命以前の人物ではあるが、今でいう近代国家に警鐘を鳴らしていた存在と言えるであろう。

そのモンテスキューは、著書『法の精神』で奢侈(しゃし)が認められるのは共和政体ではなく君主政体の国である、と言う意味のことを言っているが、要するに彼は「共和政体で経済格差が生じると平等の建前が有名無実化する。しかし、君主政体では名誉によってこの問題が軽減される」ということを言いたかったのである。

「君主政体は、すべての物体をたえず中心から遠ざける力とそれらを中心へ連れ戻す遠心力とが存在する宇宙の体系のようなものである」
(モンテスキュー『法の精神』より)

今のアメリカは経済格差によって国の分断が進んでいるが、日本がアメリカほどには悲惨な状況にならない背景には、天皇陛下の存在があるのであろう。

その日本がかつて導入していた律令国家の経済政策に倣うことは、世界の政治思想史にも良い影響を与えると考える。

日野智貴(ひの・ともき)平成9年(西暦1997年)兵庫県生まれ。京都地蔵文化研究所研究員。関西Aceコミュニティ代表。専門は歴史学。宝蔵神社(京都府宇治市)やインドラ寺(インド共和国マハラシュトラ州ナグプール市)で修行した経験から宗教に関心を持つ。著書に『「古事記」「日本書紀」千三百年の孤独――消えた古代王朝』(共著・明石書店、2020年)、『菜食実践は「天皇国・日本」への道』(アマゾンPOD、2019年)がある。








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