外国人交流イベントの公園使用を申請して学んだ「日本の悲しい現状」

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過去記事で触れた「ビジット・ネパール・イヤー」(以下、「VNY」)に付随するイベントについて、私はウプレティ・デブラジ会長と開催に向けて具体的に動きだした。 

当初、今後の行程として、令和元年内に場所と開催期日を確定し、年明けから告知を始めたいと考えていた。私たちは、場所を福岡市南区の塩原中央公園、日時は3月末から4月迄の、いずれかの土日2日間で行う、という方向性を定めた。

この時期を選んだ理由は、丁度ネパールの「お正月」に当たるからである。ネパールでは西暦と、独自の暦である「ヴィクラム歴」を採用している。ヴィクラム歴の新年は「バイサーク月」と呼ばれ、西暦の4月中旬に当たる

この時期、ネパールの人々は家族連れだって遠足に行くなどして楽しむそうだ。「お正月」も所変われば品替わる、である。

先ず何はなくとも、最初のステップである公園の利用を確定させるため、私は一人、区役所に向かったのであった。

しかし、意気揚々とイベント開催に向けて動き出した私たちの前に、一つの「壁」が立ちはだかった。「公園利用の許可」という壁である。

立ちはだかる「壁」

公園を利用するには先ず、公園管理課で申請し許可を得る必要があった。

私は、今般の件を含め、普段からやりとりをさせてもらっていた旧知の南区企画振興課の担当者に事前に相談をしていた。この為、担当者との面談はスムーズに行えた。

私が今般イベント開催の主旨を説明し、申請書類をもらう、ここまでは良かった。しかし、である。申請方法まで聞いた段になって、その担当者は私にこう告げた。

「多分、公園の利用は難しいと思います…」

何の悪気も無く、そのように話す担当者に私は、利用が難しいであろう理由を聞いた。

しかし、その理由が頂けない。以下、その際のやり取りである。

担当者「過去に、外国の方の公園利用でトラブルが発生したことがあるのです」
私「どんなトラブルがあったのですか?」
担当者「煙が出たり音が煩かったりして、近隣住民の方に迷惑になっていたようで…」

それは一体いつの話なのか、どのくらいの頻度で発生したのか、集計は取っているのか…。これらの問いが喉元まで出かかったが、繋いで頂いた企画振興課の方の手前もあり、それ以上問いただすのは控えられた。

百歩譲って「エビデンス(証拠)」を示された上で、上述のような話になるのであれば分かる。しかし、「ふわっと」言われたところで、どうにも納得できるものではなかった。

公園の存在意義

最近は近隣に煩いという理由で、地域によっては除夜の鐘すら眉を顰められ、苦肉の策で明るい内から撞かざるを得ない地域もあると聞く。また、保育園の園児の泣き声にまで神経を使わなければならない世知辛いご時世である。

公園という「公の場」であれば尚の事、近隣に気を遣わなければならない。これは、外国籍の方であろうと日本人であろうと当然のことである。

確かに、過去には上述のようなトラブルがあったかもしれない。しかし会長はこれまでの経緯を踏まえ今回は、そのような問題を起こさないためにもルールの順守等しっかりと行うという姿勢で臨んでいた。私は、この真摯な姿勢を何とか形にしたかっただけである。

ちなみに今回利用を考えていた塩原中央公園の広場であるが、そもそもイベントを行うことを想定して、「ヨーロッパのような自然の感じを残す」作りにしてあるということが分かった。

これは、ご家族の中に、同公園の設計に携わった方がおられる知人から直接聞いた話である。

実際、以前は地域の夏祭り等の会場として頻繁に使用されていたそうだ。しかし、何らかの事情で近隣の店舗とトラブルが発生してしまい、役所側も積極的に対応しなくなってしまった経緯があるようだ。この為、公園の利用許可も以前のようにすんなりとはいかなくなってしまったという。

冒頭で、公園管理課の担当者は公園の利用が難しい理由を「以前、外国の方の使用でトラブルがあった…」為であると説明した、と記した。しかし、信頼の置ける私の知人の話を踏まえると実際はどうであるのか、腑に落ちない。

悲しい現状

「ただ日本人にもいろんな人がいるように、アフガンにもごく一部に心ない人がいる。私たちを守ってくれる人もいる。事件によってアフガン全体を断罪しないでほしい」

昨年12月、アフガニスタンで凶弾に倒れた中村哲医師が、2008年に起きたペシャワール会スタッフの拉致殺害事件に際し、出されていたコメントである。

「一事が万事」だ。確かに以前、在日外国人が公園を利用する際に不適切な使い方があったのかもしれない。しかし、それは、あくまで過去の話であり、しかも今回私たちが利用を考えている公園の話ではない。

個人、集団を問わず一度、何か事が起こると、そのイメージが周囲に植え付けられてしまうことになる。良くない事柄については、殊更それが取り上げられ、事の進行を妨げる要因になり兼ねない。しかも、事が在日外国人らに及ぶと、その程度が酷くなってしまうのが日本の悲しい現状だ。日本の「減点主義」の弊害と言えるであろう。

捨てる神あれば…

公園の利用が暗礁に乗り上げてしまい、会長と私は途方に暮れてしまった。

しかし「捨てる神あれば拾う神あり」である。交流会を通じて知己を得た公民館の主事が助け舟を出してくれたのだ。

主事が「もしかすると公園の利用は難しいかもしれない。代替案として、駅前広場の使用を考えてみてはどうだろうか。一度、駅前商店街連合会の代表と連絡を取ってみては」とアドバイスをして下さった。

私は早速、連合会の代表と連絡を取った。そこで分かったことは、連合会は既に「発展的に」解消されており、後継の組織として一般社団法人が駅前広場のイベントを取り仕切っているということだった。

私は時を置かず会長と共に、折しも同一社が主催するクリスマスのイベントが開かれている駅前広場に代表を尋ねた。

イベント本部に詰めておられた代表は快くご対応下さり、その上、今般の企画について協力を惜しまないと言って頂いた(本件については、1月24日現在進行中である。別稿でその後の進展についてお伝えできればと考えている)。

行政の処し方

実は今回の件で、担当者が難色を示したことはある程度、私にとって「想定内」であった。と言うのも「行政は先ず、できない理由を述べる」ということが前提にあったからである。

しかし、そのような対応を批判するだけでは何も前に進まない。私は、ある社会課題解決の活動を通じてこの「原理原則」を知った。

「できない理由」を言われると、目くじらを立てたり、反論したりしたくなるものだ。しかし先ずは話を聞いてくれたことに対する謝意を述べ、できないという「現状」を受け入れるところから「交渉」は始まると言ってよい。

行政の「前例主義」も垣間見ることができた。よく耳にするのは「~は今までやったことがないから…」という断り文句であるが、これは裏を返せば、過去に行った実績があれば良いということになる。

一方、今回はむしろ逆のパターンで「過去にこのようなことがあったから、認められない」というケースである。いずれにしても「前例主義」であることには変わりない。

また、これは行政に限ったことではないが一般的に、一担当者には決定権がない。そのため、こちらが、いくら担当者に熱っぽく訴えたところで時間と労力の消耗であり、お互いにとって非生産的なやりとりになってしまう。

ここで重要なことは担当者の上長など、決定権者を聞き出しておくことだ。そうすれば、次回、上長と会う約束を取り付けることもできる。

「何を言うかではなく、誰が言うか」。最後は結局、然るべき立場の人と話をすることが必要だ。

行政を味方に

どれだけ一担当者に熱い想いがあっても、組織である以上はそれなりの過程を経なければ実現には辿り着かない。規模が大きくなればなるほど、その傾向は強くなる。

このことを理解したうえで、むしろ「協力者」になってもらうように働きかける必要がある。

この点、各自治体が定期的に開催している「出前講座」は、市民が行政側と接点を持つ一つの貴重な場である。自治体運営に関わる各分野について、担当者(例えば福岡市の場合、原則として課長級以上の職員)が市民の側に出向き説明するというものだ。

冒頭で、懇意にしている南区企画振興課職員の方がいると述べた。折りに触れ、現状取り組んでいることの経過報告、相談等を行っているが、その度に感じることがある。それは先方が常に、こちらに何か企画等があれば「協力する」、適切な言葉ではないかもしれないが、「便乗させてもらう」というスタンスでいることだ。誤解を恐れずに言うと、何か事が起こった際の「リスクヘッジ」が働くのだ。

しかし考え方によっては、こちらに何かアイデアが有り「お膳立て」さえすれば、力になってくれるという訳だ。後は「後援」「共催」など、協力してもらえる程度の違いである。

行政の職員も私たちと同じように「一市民」であることに変わりはない。だからこそ、不要な対立ではなく、問題に際しては共に解決の方法を模索し、新しい企画があれば共に推進していくパートナーとしての関係を築いていきたい。

安部有樹(あべ・ゆうき)昭和53年生まれ。福岡県宗像市出身。学習塾、技能実習生受入団体を経て、現在は民間の人材育成会社に勤務。これまでの経験を活かし、「在日外国人との共生」や「若い世代の教育」について提言を続けている。

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