維新に繋がる水戸光圀の偉業「英雄たちの復権」未来小説で描く

独立社デジタル選書は、令和3年1月にAmazon kindle にて未来小説『水戸黄門時空漫遊記』を発売開始した。以下、作者による「あとがき」を一部抜粋する。

本作『水戸黄門時空漫遊記』は、『恋闕のシンギュラリティ』の続編として月刊「国体文化」誌に一年間連載させていただきました。前作は西暦2045年の1年間を舞台とし、本作は翌46年の1年間を舞台としております。

世界観は連続していますが、主人公など主要登場人物は一新しており、前作を未読の方も楽しんでいただけるようになっております。

本作の主人公は中学生で、その学校生活を描いております。連載開始時の設定としては、令和2年を起点とし、約10年ずつ過去へ遡って、VR歴史シミュレーターを体験する、という内容です。

各時代で有名無名の人物に出会い、中学生たちが影響を受けていくわけですが、読者の皆さんはどこまでご存じでしょうか。各時代の人物については後述します。

新型コロナが変えた未来

本連載開始直後、中国武漢において新型コロナウイルスが発生し、瞬く間に世界的パンデミックを引き起こしました。これは未来小説を書くにあたっては非常に困惑させられる事態でして、正直、近未来においてコロナショックがどのような歴史的評価を受けているか予想することは困難です。

「アフター・コロナ」「ウィズ・コロナ」「新しい日常」などのフレーズが氾濫しましたが、新型コロナが人類の歴史に大きな影響を与えることは間違いないでしょう。少なくとも日本社会について言えることは、もともと予測されていた社会の変化が、コロナショックによってより早まったであろうということです。それは良い方向にも、悪い方向にも、です。

世界情勢も大きく変化しています。

2期目の当選が確実視されていたトランプ大統領ですが、コロナ対応が批判されたことや、コロナ対策として郵便投票が広まったことなどが影響し、大混乱の選挙戦となりました。結果的に米共和党は大統領席だけでなく上下院での数の優勢を失いました。日本の安倍長期政権が終焉したきっかけも、やはりコロナ対策が大きかったと考えるべきでしょう。

日米両国の後継政権にしても、引き続きコロナ対策で苦しむことになりそうです。

さて、本作の出だしでは共産中国の独裁者・習近平の暗殺を描きました。

令和2年に国賓として来日が予定されていた習近平国家主席ですが、いまだ来日の目処は立っておりません。中国共産党による諸民族弾圧は国際社会から批判されており、新型コロナウイルスの情報を速やかに出さなかったことも非難されています。

遅かれ早かれ習近平は国賓として来日するでしょうが、彼は無事に帰国できるでしょうか。

維新に影響を与えた水戸黄門

本作は題名の通り、「水戸黄門漫遊記」をモデルにしています。

最近はすっかり時代劇も廃れてしまいましたが、作者が子供の頃は地上波各局が競うように時代劇を制作・放送していました。その中でも水戸黄門時空漫遊記は、江戸時代から講談や歌舞伎の題材として人気があり、まさに国民的物語の地位にありました。

「漫遊記」では水戸藩隠居である光圀が商人に変装して諸国を旅するわけですが、これは史実ではありません。せいぜい、関東圏において「お忍び」で行動した程度です。

史実における水戸黄門の最大の功績は歴史書「大日本史」の編纂を開始したことです。同編纂事業は200年以上続けられ、完成したのは明治時代と云いますから驚きです。

大日本史編纂にあたって光圀が重視したのが「勧善懲悪」という考え方でした。歴史上の人物や事件に善悪の基準を当て嵌め、その正否を明確にするということです。その結果、再評価された代表的人物に楠木正成がいます(後述)。

光圀が考えた善悪は儒学的価値観に基づくものでした。儒学においては、より伝統的な権威や価値観を重視します。その基準で考えれば、わが国では「皇統の守護者」が最善となります。逆に覇者であっても、皇室を貶めた者は断罪されるのです。

こう説明すると「戦前の軍国主義か」と思われるかもしれませんが、軍国主義はどちらかというと「覇道」です。光圀らが重視した「王道」は実に平和主義的な価値観であり、民衆を大切にする(徳治)という意味では専制的ですらありません。

光圀が生きた江戸時代前期は徳川政権が覇道によって権力を確立した時代でした。それは応仁の乱から始まる長い戦乱に終止符を打つためには必要悪だったかも知れません。

しかし戦が収まり、「武断」ではなく「文治」による政治が求められている過渡期でもありました。そこで「王道」に基づく「勧善懲悪」という価値観を掲げたのです。大日本史編纂事業を基軸として隆盛した「水戸学」は全国に広がり、幕末の志士に多大な影響を与えました。

水戸学について解説すると長くなるので、ここからは登場人物を解説します。但し、第4話までは架空または無名の人物ですので省略します。

見沢知廉(みさわ・ちれん)

昭和34年生まれ、平成17年没。本名は高橋哲夫。新左翼学生活動家を経て転向後、一水会などの新右翼組織に所属し、スパイ粛清事件を引き起こして投獄される(懲役12年)。新左翼活動の経験を踏まえて執筆した『民族派暴力革命論』は、新右翼で初めての体系的な戦略書として知られる。獄中で小説を執筆し、『天皇ごっこ』で新日本文学賞佳作を受賞。出獄後に作家デビューし、『調律の帝国』で三島由紀夫賞候補に。最終的に自宅マンションから転落死し、自殺として処理された。

小室直樹(こむろ・なおき)

昭和7年生まれ、平成22年没。東京大学法学博士。昭和51年に『危機の構造』を出版。昭和55年に出版した『ソビエト帝国の崩壊』がベストセラーに。同著は後のソ連崩壊を予言したとして高く評価される。無償の自主ゼミ(小室ゼミ)を開講し、多くの弟子(橋爪大三郎・宮台真司・副島隆彦などが有名)を輩出。博覧強記の天才だが、人格的には変人だったとされる。生涯独身を貫いた。

三島由紀夫(みしま・ゆきお)

大正14年生まれ、昭和45年没。本名は平岡公威。16歳の時に『花ざかりの森』を出版。戦後、『仮面の告白』で一躍有名になる。昭和29年に『潮騒』で新潮社文学賞、昭和31年に『金閣寺』で読売文学賞受賞。劇作家としても多くの名作を執筆。ノーベル文学賞の有力候補としても度々取り沙汰された。昭和42年から自衛隊に体験入隊し、昭和43年に学生による民間防衛組織「楯の会」を結成。昭和45年に楯の会会員の4名を率いて陸上自衛隊東部方面総監室を占拠し、楯の会学生長・森田必勝と伴に自決した。

西尾末広(にしお・すえひろ)

明治24年生まれ、昭和56年没。労働運動家として活動し、昭和3年の第1回普通選挙で社会民衆党から立候補し初当選(衆院議員)。戦後は日本社会党に所属し、片山内閣(日本社会党政権)では内閣官房長官として入閣。社会党右派の代表的人物として党内抗争を経た後、昭和35年に民主社会党(民社党)を結党、初代委員長に就任する。昭和41年の総選挙では30議席を確保し、中堅政党としての基盤を築く。昭和42年、西村栄一書記長(西村眞悟の父)を後継指名し政界を引退した。民社党は平成6年に新進党に合流するまで存続している。

辻政信(つじ・まさのぶ)

明治35年生まれ、没年不明。帝国陸軍大本営参謀として大東亜戦争で多くの作戦を立案。戦時中は「作戦の神様」などと賞賛されたが、その作戦指導や独善的とされる性格には批判も多い。敗戦後は戦犯訴追を逃れるため偽名を用いて潜伏。昭和25年に潜伏中の記録『潜行三千里』を出版し、ベストセラーに。昭和27年に衆院選に出馬し初当選、自由党を経て自民党に所属する。昭和30年、参院に鞍替え出馬し当選。昭和36年、参院議員の身分のまま東南アジアで失踪する。

中野正剛(なかの・せいごう)

明治19年生まれ、昭和18年没。貧しい士族の家に生まれ、早稲田大学卒業後にジャーナリストになる。朝日新聞に筆名で連載した政治評論が高い評価を受ける。大正5年、衆院選に出馬するも落選。大正8年、『講和会議を目撃して』を出版してベストセラーとなり、翌年の総選挙に再び立候補して初当選する。複数の政党を渡り歩き、昭和11年に東方会を結成して総裁に就任する。昭和15年、大政翼賛会の結成に参加し、同会総務に就任。しかし昭和17年には大政翼賛会を脱会し、昭和18年に「戦時宰相論」を朝日新聞に発表するなど、東條英機首相による独裁を批判した。反東條の動きにより憲兵隊に拘束され、最終的に自宅で自決した。

出口王仁三郎(でぐち・おにさぶろう)

明治4年生まれ、昭和23年没。生誕時の氏名は上田喜三郎。神道系新宗教「大本」の聖師。若い頃から古神道を学び、明治31年に大本教の開祖・出口ナオ(初代教主)に出会う。明治33年、出口家に婿入りし、名を出口王仁三郎に改める(妻が二代目教主)。大正7年、大正日日新聞を買収し、メディアを活用した布教で教勢拡大する。華族や軍人にも多くの信者を獲得したことで政府から危険視され、大正10年から弾圧を受ける。大正13年にはモンゴルに渡り義勇軍を結成、満洲軍閥から処刑されそうになる。昭和10年、再び政府から弾圧を受け、不敬罪・治安維持法違反などの容疑で投獄、昭和17年に保釈。敗戦後の昭和23年に病没。

封印された「英雄」たち

以上が、本作において中学生たちが出会った歴史上の人物です。いずれも波乱の生涯を送っており、現在でも毀誉褒貶あって歴史的評価(歴史に与えた影響力)は定まっておりません。それだけに魅力的な人物たちではないでしょうか。

歴史上の人物の評価というものは、それこそ時代の価値観によって変遷します。水戸光圀によって再評価された楠木正成は南北朝時代、南朝方の武将でした。後醍醐天皇を奉じて鎌倉幕府と戦い、建武新政の成立に貢献。ゲリラ戦の名手で、現在でも日本史上最大の天才的戦略家とされています。戦前までは忠臣の鏡として知らない人はいないほどの英雄でしたが、戦後は事実上封印されてしまいました。実に惜しいことです。

私が本作で取り上げた人々は、いずれも(誤解を恐れずにいえば)愛国者であり、尊皇家であり、何より天才的戦略家でありました。祖国を守り、復興し、日本人の自由と独立のために大局観をもって警鐘を鳴らし、己の人生や生命を大義に捧げた人々です。

もちろん、人格にしても事績にしても完璧ということはありません。不完全であるけれども、熱い魂をもち、突出した才能と行動力をもって人生を全うする。それこそ英雄と呼ぶべき生き方です。日本の英雄として思い出すのはヤマトタケルや源義経ですが、彼らもまた不遇の人生を送り、永く愛されてきました。

戦後70余年、日本では「英雄的なもの」が否定されてきたように思えてなりません。戦争を放棄し、暴力を否定するあまりに、日本社会は自家撞着(自己矛盾)に陥り、変化し難い社会になってしまいました。しかしそれもまた日本史の特徴です。平安時代や江戸時代もまた、日本人は長い平和の中で暴力を憎みながら、やがて動乱の時代に新たな英雄を輩出してきたのです。

▽「国体文化」公式サイトでは、本作の一部を無料で読めます
www.kokutaibunka.com

本山貴春(もとやま・たかはる)選報日本編集主幹。独立社PR,LLC代表サムライ☆ユニオン準備委員長。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会事務局長。福岡市議選で日本初のネット選挙を敢行して話題になる。大手CATV、NPO、ITベンチャーなどを経て起業。近著『日本独立論:われらはいかにして戦うべきか?』未来小説『恋闕のシンギュラリティ』(いずれもAmazon kindle)。

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