三島由紀夫の檄文を「詠む」 そこに隠された三島の思いとは(2)

現在、三島由紀夫全集に掲載されている檄文は、全十段落で構成されているが、その中の第九段落「沖縄返還とは何か。~」の部分が、それ以外のものと比べ、非常に短いことに、私は以前から違和感を覚えていた。

この段落は、内容的には前段と地続きのようなものであり、段落を分ける必然性は余り感じられず、また、聞き手に迫る訴求力も強くない。

では、これは心情面で頂点に達する最終段落直前のアンチクライマックスの役割を果たしているのかといえば、それも肯首し難い。何か、不思議なまでに、ぽつりと置かれている風情なのである。

ただ、私はこのことに関して、更なる自己問答はしてこなかった。それは、人が文字通り命を懸けて、あたかも自らの血をインクとして書いたような文章に対して、何かを論うなど、僭越不遜も甚だしい、書かれたものを書かれたものとして、そのまま受け止めていれば良いと思っていたからである。

福岡憂国忌で「檄文」を朗読

しかし、この度、私は福岡市筥崎宮で執り行われる憂国忌において、檄文朗読の大役を拝命することとなり、多くの方々の前で檄文を読み上げることとなった。無様な真似はできない。

その為、檄文を何度も読み返し自らを錬磨する中、檄文における文章の美しさに更に深く感じ入ると共に、それに比例するが如く、先の違和感が更に大きさを増して来た。有体に言えば、読んでいてリズムが取りにくく、文全体に於けるこの段落の位置付けが腑に落ちないのである。

如何なものかと思い悩んでいたそのような折、檄文の直筆、自衛隊で撒いた物の写しを見る機会を得、私は驚愕した。「沖縄返還とは何か。」と書かれた文は、一字下げて書かれていない。改行は為されていなかったのである。

では、何故現行の檄文は、この部分で改行が為されてきたのか。これも故無きことではない。現行第八段落、最終文「~抗議して腹を切るジェネラル一人、自衛隊からは出なかった。」の後には、確かに二文字分程度ではあるが空白がある。ここで段落を区切ったと考えられないことはないのである。

謎の「空白」

しかし、それならば三島由紀夫は、改行にあたって一字落とすのを忘れたということになる。一体このようなことが有り得るのだろうか。文を書く際に、記憶違いによる錯誤は、誤字・脱字を含め誰にでもあるだろう。ただし、それは知性の領域に属する事柄である。

一方、改行における一字落とす作業は、文章を書く際の約束事であり、その約束事を遵守することは、礼儀作法の所作に近く、半ば肉体的行為の領域に属する事柄である。文筆家、書くという行為が自らの生と直結した人間、それも三島のような世界レベルでの文筆家にとって、改行行為など箸を握る以上に意識せず行える筈である。

さらに言えば、三島が約束事について、どれほど自己にも他者にも厳格であったかは多くの人が語っているところである。そのような人間が、このような小学生レベルの間違いをする筈は無い。万が一、行ったとしても、すぐに目につくものである。文の構成に係る部分である。躊躇なく三島は最初から書き直したであろう。

「沖縄返還」の4文字

では、第八段落目末尾の空白は何かということになろうが、それは、空白部分に九段目の最初の言葉をつなげてみれば良い。沖縄返還という言葉が分断されてしまうのである。

あの時代において、沖縄返還という言葉は一つの固有名詞的政治概念であった。

分けて沖縄+返還と書けばニュアンスに狂いが出る。さらに沖縄返+還ともなれば、環とは何かというような言葉面になり、さらに不格好である。これを三島が嫌わない筈は無いのである。

ゆえに、檄文の現行第八段落と第九段落は一つと考え、檄文は全九段落の文章であると理解すべきであると私は主張する。そうすることにより、檄文の姿形は、恰もギリシャ彫刻のような完璧な均衡を持って私たちの眼前に立ち現れるのである。

(続く)


▽福岡憂国忌 平成30年11月23日(金・祝)午後1時より

石原志乃武(いしはら・しのぶ)/昭和34年生、福岡在住。心育研究家。現在の知識偏重の教育に警鐘を鳴らし、心を育てる教育(心育)の確立を目指す。

▽三島由紀夫「檄文」全文はこちら

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