平成30年5月、尖閣諸島問題の第一人者として知られる、いしゐのぞむ准教授(長崎純心大学)が長崎市内で講演し、尖閣諸島の日本領有を裏付ける「新史料」について発表した。
いしゐのぞむ准教授講演(長崎純心大学)
構成及び文責:「選報日本」編集主幹 本山貴春
中国の尖閣領有権主張を打ち砕く
政府内閣官房に「領土・主権対策企画調整室(領土室)」という部署がある。4年程前に設置され、私は2年前に委託事業特別研究員に任じられた。領土室では、尖閣諸島に関する国内外の歴史資料を調査し、毎年報告書を公開している。
▽尖閣諸島に関する資料の委託調査報告書
www.cas.go.jp/jp/ryodo/
私はこの報告書で「諸外国の尖閣諸島に関する認識」について調査してきた。平成27年版報告書に、清国の外交文書が掲載されたが、これは領土室主任研究員の國吉まこも氏が発見し、私が分析した内容にもとづいている。
その文書は、明治26年に熊本県人井澤弥喜太ら日本人が沖縄県八重山島を経由して胡馬島(クバシマ=尖閣諸島)に向かった際、暴風に遭って清国福建省に漂着・保護されたことに在上海日本総領事館が感謝状を送り、それを受理したことを記録するものであった。これが、日清間の外交文書でただ一度だけ尖閣諸島が登場したものだ。
この公文書の中で、清国側は日本人が「沖縄県」の八重山島を経由して尖閣諸島に向かったことを全く問題視していない。これにより清国が沖縄県の日本主権を容認していたことがわかる。また、尖閣諸島については関心すら示していない。清国側は台湾に近い胡馬島がどの島かも知ろうとしなかった。
平成28年報告書に掲載された清国の公文書『大清一統志』(清国で編纂された最初の総合地誌)には福建省や台湾など、清国の国境が明示されており、尖閣諸島と沖縄がその遥か外側にあることがわかる。明国の『大明一統志』でも境界は大陸沿岸である。
同じく28年報告書には、日本側の尖閣諸島への初の上陸を記録する『琉球の系図家譜』(琉球王国の公文書)が掲載された。
この文書によると、1819年に琉球の王族が薩摩藩主の祝いのために薩摩へ向かう際に、尖閣(ヨコンコバシマ)に漂流。入江に停泊し用水を組もうとしたが、湧き水が無かったと記載されている。確実に上陸して水源調査したことがわかる。このとき琉球人を運んだ船は薩摩船だった。
この夏、打ち砕かれるチャイナの主張
平成22年に起きた尖閣諸島中国漁船衝突事件の発生直後、ある大学の新入学生に「尖閣諸島は日本のものだと思いますか?」と聞くとほぼ全員が肯定した。それが最近では半分ぐらいに減ってしまっている。日本国内に対するチャイナ側の宣伝が効いているのだ。
近代以降の歴史では、尖閣諸島の領有権を日本が持つことは明らかで、チャイナ側は反論のしようがない。そこで、チャイナが宣伝するのが近代以前の話である。
例えば、1530年代に琉球に派遣された使者の最古の記録を根拠に、チャイナが尖閣諸島を航路の指標にしていたと主張している。しかしそのチャイナ船に乗り組んでパイロットを担当したのは琉球職員であった。つまり実際に尖閣諸島を航路の指標にしていたのは日本側だったのだ。
あまり知られていないが、徳川家康は2度「台湾出兵」を長崎代官らに命じている。当時は台湾も無主地であった。しかし日本軍は原住民の抵抗にあって台湾占領に失敗し、馬祖列島・東湧島に逃れる。その時の事後処理が、明国の公式記録『皇明実録』(1617年)に残っていた。
その中で明国は日本側に対して福建省沿岸の6島(馬祖列島・東湧島など)を列挙し、そこから内側(大陸側)に入るな、と通告していた。その外の海原は公海(諸国共用の海)であるとも述べている。つまり福建省沿岸の島々によるラインが、明国の勢力範囲(国境線)であった。
チャイナ人は自力で琉球王国に到達したことがない。チャイナ船が琉球に来る際は、琉球人が乗り込んで水先案内をしていた。そのときに利用したのが東湧島から尖閣諸島を通る航路だった。東湧島が明国の最東端だったのだ。
近年、チャイナ側は歴史資料に基づいた日本の領有権主張について黙殺しているが、この1617年の一件は、今夏かならず大きく注目されるように私は準備している。期待して欲しい。
(後編につづく)
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いしゐ・のぞむ(石井望)/長崎純心大学比較文化学科准教授、漢文学専攻。昭和41年、東京生まれ。平成元年、京都大学中国語学中国文学科卒業。平成12年、同研究科博士課程学修退学。平成13年、長崎総合科学大学講師。平成20年、長崎純心大学講師。平成21年より現職。海洋政策研究財団内島嶼資料センター島嶼資料調査委員。正かなづかひの會幹事。研究対象は尖閣前史、元曲崑曲音楽、崑曲字音、漢文圏音律、蘇州語、漢字等韻学、長崎唐学、漢文教育、漢文文明論など