オウム真理教の死刑囚が最後に「信じた」ものとは何か?

もう10年以上前のことだが、私はオウム事件死刑囚の1人に会ったことがある。自分から望んだ訳ではないが、オウム真理教を脱会した元信者などを支援している知人に勧められ、東京拘置所で面会した。

正直、私はその死刑囚に会うのを恐れた。相手は単なる殺人者ではなく、狂信的なカルト集団の元幹部であり、大量殺戮テロの実行犯なのだ。防弾ガラス越しとはいえ、何か心理的な影響を受けるのではないかとも思えた。

拘置所に入るのも初めてだったが、紹介者のおかげか手続きもスムースで、当日はすんなり彼に会えた。面会室に現れた人物は、ひとことで言うと「とても良い人」だった。

「いまでも神を信じていますか?」

私はその人物と様々なことを話した。こちらからの質問に対し、いちいち丁寧に答えてくれた。しかし唯一覚えているのは、次の問答だ。

「いまでも神を信じていますか?」

私はオウム真理教の教義を詳しく理解しているわけではなかったが、それまでの会話で彼が「素朴な信仰心」からオウム真理教に入信していたことがわかっていた。

彼はこう答えた。

「麻原(彰晃)のことは信じていないが、いまでも神を信じています」

この時、私には彼に後光が差しているような、一種の悟りの境地にあるように見えた。この時の澄んだ目は、生涯忘れられないほどの衝撃だった。面会が終わり、私は半ば呆然としながら拘置所を後にした。

紹介者が私を死刑囚に会わせたのは、一つには私に見聞を広めさせるためであったろうし、当時すでに10年以上拘禁されていた「彼」に外部の人間と交流させて精神的にケアするためだったと思う。

そのため、会ってそれきりにするのではなく、手紙のやりとりや面会を続けるようにと言われていた。しかし私にはそれが続けられず、死刑囚と会った事実も長い間公言できなかった。

私は政策論としては死刑制度に賛成しているし、オウム真理教事件の主犯と共犯が極刑に処せられるのは当然だと考える。しかしあの日、東京拘置所で会った「彼」が死んだのだと思うと、胸が痛み、悲しい。

「たまたま」オウム真理教だった

宗教的な「悟り」の境地を目指して修行に入った場所がたまたまオウム真理教だったのかも知れない。麻原彰晃が「聖人」などではなく、信者に殺人を強要するような人物であったことを見抜けず、むしろカリスマ性のある指導者として感動したのかも知れない。

それでも大量殺人に手を染めた罪は消えないし、彼自身もそのことをよくわかっていた。彼は、とっくに死を覚悟し、受け入れているように見えた。おそらく粛々と死刑台に向かったことと思う。

私が面会したオウムの死刑囚は彼1人だけだ。だから一概には言えないが、オウムの元幹部だからと言って特別狂信的であったり凶暴だったりすることはない。むしろ真面目で、思慮深く、人に好感すら与える。

10年以上も拘置所で過ごして性格が変わったということも考えられるが、おそらく、もともと良い人だったのだ。それが、麻原彰晃という指導者に出会って一時的に狂わされていた、と私は感じた。

けっきょく何が言いたいかというと、オウムは特別ではない、われわれ一般社会に属する人間もまた、オウム的なものとは紙一重だということだ。

(つづく)

本山貴春(もとやま・たかはる)/昭和57年生まれ。独立社PR,LLC代表。戦略PRプランナー。『選報日本』編集主幹。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会副代表。福岡市議選で日本初のネット選挙を敢行して話題になる。大手CATV、NPO、ITベンチャーなどを経て起業。

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