埋もれた長編小説『青の時代』にみる、若き三島由紀夫の挑戦とは

このたび第10回を迎える三島由紀夫の読詠会ですが、今回は初期の作品である『青の時代』をとりあげます。『青の時代』は昭和25年作の中編小説です。

前年の『仮面の告白』のセンセーショナルな成功が、作家に次作を強いたのは当然の成り行きですが、それに応える形で『純白の夜』『愛の渇き』といった(映画やTVドラマにもなった)話題作を矢継ぎ早に発表しています。

この『青の時代』もその頃の作品で、当時社会的事件として大きな話題を呼んだ、東大生・山崎晃嗣(三島由紀夫にとって東大での2年先輩にあたる)の起こした「光クラブ事件」を大きく取り上げています。

この「光クラブ事件」が、いかにセンセーショナルな事件であったかは、高木彬光の長編『白昼の死角』を筆頭に、様々な作家が小説の題材として取り上げていることからも伺えます。

『青の時代』もその一つで、あの『仮面の告白』の鬼才が同世代、しかも自分と同じ東大生の起こした事件をいかに小説化したのかということは、世間の耳目を惹きつけるのには充分すぎる小説であった筈なのですが、なぜか今となっては、話題になることの少ない作品です。

その理由は、この作品で三島由紀夫は更なるチャレンジに取組んでいるのですが、その全てが成功しているとは言い難い部分があるからだと私は思っています。そのチャレンジとは、自己の視点の更なる拡がりです。

『仮面の告白』で、三島由紀夫は自己の内面を怜悧に分析し、それを医学的なカルテではなく、堅牢で玲瓏な美しい文章で、しかも情念のうねりを損なうことなく表現することに成功しました。

その視点を自己のみならず、外部社会にまで広げればどうなるのかを企図しているのが『青の時代』という訳ですが、いかな天才も、やはり25歳です。

実社会の経験もまだ浅い若者にとって、社会を描くことは他者のテンプレートも取り入れざるを得ず、描写の平板化の弊を免れえない部分もあります。

また、主人公の少年時代から順に筆を起こした小説において、戦争中の話が殆ど描かれず、いきなり6年もの歳月が経過しているのは、小説の造形としては断層があります。

しかもこれ以降の人物描写に、作品前半ほどの「切れ」が見られないということも、「あのエリートがどのような考えであのような犯罪を犯し、自ら死を選ぶような決断をしたのか、三島の見解を読んでみたい」と考えた当時の一般人の、やや下世話な期待にも応えた作品とはなっていないのです。

確かに『青の時代』は、三島作品の中で、第一に指を折るべき作品ではないでしょう。しかし、現状のように埋もれたままにしておくには惜しい作品ではないか、と私は思います。

なぜかといえば、この作品には三島由紀夫の若さがあるからです。

この作品は、たしかに仕上がりの粗い作品かもしませんが、『仮面の告白』が世に広く認められたことで、作品づくりにおける、ある種の慎重さから解放されたがゆえの「横溢する勢い」を味わうことが出来ます。

さらに、そこには自らの小説作りのスタイルを漸くに手に入れた喜びと、それに安住し続けることを良しとせず、失敗も恐れない、ほとんど「道徳的」といいたいほどの作家の矜持が窺われるのです。

このチャレンジがあってこそ後の『金閣寺』の完成度なのだということを、実感させられるのです。

今回の読詠会では、若さの未熟さではなく、三島の持つ若さの溌剌さと躍動が伝わるような読詠会であればと思っています。まだ、本作を未読の方にも是非お越しいただきたいと願っています。

石原志乃武(いしはら・しのぶ)/昭和34年生、福岡在住。心育研究家。現在の知識偏重の教育に警鐘を鳴らし、心を育てる教育(心育)の確立を目指す。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会幹事。福岡黎明社会員。

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