稲田防衛大臣の辞任にみる戦後体制のウソと矛盾

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平成29年7月28日、稲田朋美防衛相が南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報をめぐる問題を巡る監督責任を理由として辞任。安倍首相が謝罪する事態となった。

「国民のみなさまに心からおわびを申し上げたい」 安倍晋三首相(産経新聞)


稲田大臣についてはこの日報問題の他に、国会答弁や都議会議員選挙中の発言での不手際が相次いでおり、安倍政権のウィークポイントとして野党に執拗に追求されていた。そしてついに、民進党の蓮舫氏が同党代表の辞意を表明するのと同日での辞意表明となった。

安倍政権の支持率が下落する中、稲田防衛大臣の辞任と民進党蓮舫代表の辞任によって、一挙に政局は混迷を増している。近く内閣改造も噂されているが、安倍首相は一旦、岸田文雄外相に防衛相を兼務させる。

稲田防衛相の辞任の直接原因となった南スーダンPKO日報問題とは何だったのか、ここで掘り下げて考えてみる必要があるだろう。

自衛隊PKO派遣の根拠法は1992年に成立したPKO協力法であり、この法律には派遣の要件として以下の5原則が定められている。

1 停戦合意が存在すること

2 受入国などの同意が存在すること

3 中立性が保たれていること

4 要件が満たされなくなった場合には派遣を中断又は終了すること

5 武器の使用は必要最小限度とすること

要するに、「戦争(戦闘)が起こっていない地域」にしかPKOのために自衛隊を派遣することはできないということだ。派遣先が戦闘地域であるのか否かについては、小泉首相の国会答弁「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」を思い出させる。

南スーダンで戦闘が起こったとすれば、PKO協力法に違反する恐れがある。自衛隊は自己を守るために戦闘せねばならないし、それを避けるためには即時撤退せねばならない。撤退と言っても容易ではない。撤退しながら戦闘せねばならなくなる可能性も高い。戦争とはそういうものだ。

安倍首相は国際社会の手前、そう易々と自衛隊を撤退させるわけには行かなかった。そもそも危険な地域(戦闘地域)だからこそ各国は軍隊を派遣しているのである。安全な地域であれば建設会社やNGOで良い。「危ないから帰国します」では、何をしに来たのかと笑われるだろう。

派遣を継続するためには、現地で「戦闘」があってはならないのだ。これは日本国内のみに通用する政治問題である。あってはならない戦闘があった。現場の自衛官は素直にそれを本国に報告した。これは当然の任務だ。困った防衛省はその報告を「なかったことにした」のである。そして稲田防衛相もそれに加担したことになる。

これを「役所の隠蔽体質」、あるいは防衛省内部抗争の問題としてスキャンダラスに報じる傾向が見られるが、本質はそこではない。

戦争(戦闘)があってはならない、だから無かったことにする。これこそが平和憲法をいただく戦後体制そのものなのだ。日報を破棄・隠蔽させたのは防衛省内局のいわゆる背広組、と言われている。彼らは文民統制(シビリアン・コントロール)の名の下に、自衛隊を支配して来た。

現場の声を無視して防衛政策を決定して来たのが背広組であり、歴代政権だ。自衛隊はPKOなどの名目で海外に派遣されるが、ほとんど重火器を持ち出すことができず、武器使用も厳しく制限されている。

ふつう軍隊は「やってはいけないこと」が軍法(あるいは国際法)によって定められる。逆にいうと、禁止されていること以外は何でもありなのだ。戦争というのは何が起こるかわからない。敵の意表をつくのは軍事の基本である。しかし自衛隊は「やって良いこと」のみが自衛隊法などで定められている。(前者をネガティブリスト、後者をポジティブリストと呼ぶ)

安保法制などで一部要件が緩和されたものの、依然として自衛隊はポジティブリストで運用されている。この状態で戦闘に巻き込まれると、多くの自衛官が犬死することになるだろう。PKO派遣は極めて危険であるし、本国での国境警備もまた同じだ。(海外派兵しなければ良いという問題ではない)

安倍首相は平成29年5月の憲法記念日に、「憲法9条に自衛隊の存在を明記したい」と改憲への意欲を示したが、憲法に明記されても自衛隊の運用がポジティブ・リストのままだったらあまり意味がない。自衛隊は軍隊のように見えるが、実際には法的に戦争ができない存在であり、軍隊とは言えない。戦争ができないということは、防衛もできないということだ。(世界の戦争のほとんどは防衛戦争だ)

稲田防衛相は何をすべきだったのか。現実に目を向け、政治家として国民に説明すべきだったのではないか。その上で、自衛隊の運用を国際標準に転換する努力をすべきだった。これは今後の防衛大臣、ひいては政権の宿題であり続けるだろう。

(編集部)

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