【連載】コロナ革命(2)耐えるのが当たり前だった

働き方改革
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令和4年1月24日、岸田文雄首相は蔓延防止等重点措置(マンボウ)適用拡大にあたって記者会見を行い、国民に対して改めて「マスク、手洗い、3密の回避、換気などの基本的感染防止策の徹底やBCP(事業継続計画)の準備」を求めた。

同様の要求は安倍晋三政権、菅義偉政権においても発せられ、緊急事態宣言やマンボウ発出のたびに国民はあらゆる活動を自粛し、自宅に引き篭もった。

もともと日本国民の衛生観念は高く、そのことが新型コロナウイルス感染症の被害を最小限に食い止めてきた可能性があるわけだが、法的な強制力を伴わない政府の要請に対して、国民はこれによく応え、コロナ禍を一過性の災害と捉えて耐え忍んだ。

「我慢すれば元に戻る」

2年前に新型コロナウイルスが日本に伝播し、急速に感染拡大して安倍政権が最初の緊急事態宣言を出した頃、ある人は私にこう言った。

「少しの間、国民が我慢すれば、すぐに元に戻る」

コロナ禍における政権運営は誰がやっても上手くいかなかったかも知れない。上手くやっていたとしても、感染拡大すれば支持率は落ちる。事実、安倍政権も菅義偉政権もそうやって退陣に追い込まれた。

為政者も、国民の多くも、「我慢すれば、そのうち元に戻る」と思いたがり、実際にはそうならなかった。この2年のうちに、国民の我慢は限界を超えた。もはや「我慢」は美徳ではなくなったのである。

耐えるのが当たり前だった

日本人は比較的、災害に慣れている。日本列島は定期的に台風が縦断し、地震も多い。日本の住宅建築物は、地震が少なく台風が直撃しない国や地域に比べ、もともと耐久年数が短いことからも、それがわかる。

われわれはコロナ禍についても災害と同様に捉え、いつか過ぎ去るものと考えている。しかし一方で、「コロナ前」に当然とされてきた様々な習慣に疑問を持ち始めている。

現役世代の多くは、毎朝満員電車に乗り、会社に長時間拘束され、上司や顧客のパワハラとセクハラに耐えるのが当たり前だった。定期的に大規模な宴会を催し、居酒屋で仕事の愚痴を垂れ流してきた。

それは、生きるために必要なことと思われていた。

このような生き方について多くの人が疑問に思いながらも、他に有望な選択肢は見当たらなかったのだ。しかしコロナ禍で「リモートワーク」ができることに気づいた。それで、満員電車に耐え続けることに疑問を持ち始めた。

20代の会社員の多くが、気の合わない上司と酒席をともにすることを好まない傾向はコロナ前からあったが、コロナ禍によって、この態度が社会的に是認されることになった。

「事業継続」が困難に

岸田首相は国民に対し、感染対策とともに「BCP(事業継続計画)の準備」を求めている。しかし多くの業種で、事業継続は極めて困難になりつつある。

中小企業庁によれば、BCPの定義は以下の通りだ。

BCP(事業継続計画)とは、企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のこと。
(中小企業庁HP)

コロナ禍が一過性の災害、すなわちBCPにおける緊急事態であるならば、その備えさえあれば事業継続は可能だろう。

しかしコロナ禍のもたらす社会的変化が、もともと傾向として生じていた変化であり、コロナ禍がそれを加速させているだけだとするならば、事業者側はビジネスモデルを大胆に転換せねばならない。

これは働く側である現役世代にもいえる。働き方を変えることは生き方を変えることだ。いま必要なことは企業の事業継続計画ではなく、国民の生存戦略ではないのだろうか。

(続く)

本山貴春(もとやま・たかはる)選報日本編集主幹。独立社PR,LLC代表サムライ☆ユニオン準備委員長。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会事務局長。福岡市議選で日本初のネット選挙を敢行して話題になる。大手CATV、NPO、ITベンチャーなどを経て起業。著作『日本独立論:われらはいかにして戦うべきか?』『恋闕のシンギュラリティ』『水戸黄門時空漫遊記』(いずれもAmazon kindle)。

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