【追悼】志村けん大兄へ この上なくカッコ良い男でした

志村けん 大兄

編注:大兄(たいけい)とは、男性が、自分より少し年上、または同輩の男性を敬っていう語。主に手紙に用いる。

雨はいずれの者の上にも平等へ降り注ぐとは申しますが、今回の大兄の突然の御逝去、唖然とし、天の不条理を憎むと共に、地の邪悪、人の蒙昧を呪わずにはいられませんでした。

不運という言葉で表現するには、こちら側に余りに多くの不備が有りすぎます。大兄のご逝去、これは限りなく人災に近いものだと思い、悲しさと共に悔しさが募ります。

大兄は、日本のお笑い界で、お笑い芸の現代化を成し遂げました。それは具体的に言えば、お笑い芸のスピードアップとテンポアップでした。

それまでのお笑いがポップス歌謡だとすれば、大兄のお笑いは、当時海の向こうで、突如勃興したハイスピードなパンクロックのようでした。最初、いち早く貴兄を熱狂的に支持したのは子供世代であったことは、十分に納得いくことです。

その新しいお笑いのスタイルは、日本の芸人には類を見ること少なく、私は、ジェリー・ルイスがアメリカで成しとげた事を、日本で成しとげたのが大兄だと思っています。後年、大兄がジェリー・ルイスの大ファンであるということを知り、深く納得したものです。

ジェリー・ルイス(Jerry Lewis)1926-2017/米国の喜劇人・俳優・映画プロデューサー・脚本家・映画監督

そして、大兄のもう一つの功績は、日本のお笑い芸を明るくしたことです。

どことなく日陰者、芸能人の中でもワンランクもツーランクも低い立ち位置というのが、当時お笑い芸人を人々が見る目であり、それを受けてのお笑い芸人達の芸は、面白くとも卑屈な匂いが漂っており、こちら側もお笑い芸に哄笑するなど下卑な振る舞いといった暗黙の意識がありました。

しかし、大兄の底抜けに明るく、カラリと晴れやかなお笑い芸は、私たちの旧弊たる偏見の滓を綺麗に拭い去ってくれたのです。

あなたが登場して程なく、漫才の一大ブーム、それも大幅にテンポアップされた、今に通じる漫才が持て囃されるようになりましが、これなども大兄の存在抜きに考えることは無理です。

さて、そろそろ本当のお別れを言わねばならぬ時が近づいて来ていますが、大兄の生き様のカッコ良さに触れることなしに、この場を去ることは、私には出来ません。

お笑い芸人・志村けんは、この上なくカッコ良い男でした。

自らの生き様を一生ぶれずに貫く男は美しい、大兄は生涯一お笑い芸人を貫きました。

大兄はお笑い論を語りませんでした。テレビで社会問題にコメントしませんでした。名誉職に就きたい素振りも見せませんでした。これほど立ち位置がぶれなかったお笑い芸人も、日本では珍しいのではないでしょうか。

頭の瞬発的な回転力と肉体の反射力が要求される、お笑い芸において70歳にしてなお現役のお笑い芸人であるとは驚異以外の何ものでもなく、恵まれた才能とさらにそれを上回る努力を続けた者だけが辿り着ける、あの輝く人生の頂きに大兄も辿り着いたと私は確信しています。

そこから見る、この地上の風景は如何でしょうか。大兄の死を悲しむなというのは無理でしょうが、やはり、湿っぽい雰囲気は大兄が何よりも嫌うところでしょう。残された私達は、明日も明るく、襲う不幸に決して負けることなく、生きていこうと思います。

志村けん様、本当にお疲れ様でした。好きな酒を心行くまで飲んで頂き、飲み過ぎを神様に叱られ、この地上に追い返され、また、私たちを笑わせてくれる日が来ることを待ち続けようと思います。本当に有難うございました。

石原志乃武(いしはら・しのぶ)/昭和34年生、福岡在住。心育研究家。現在の知識偏重の教育に警鐘を鳴らし、心を育てる教育(心育)の確立を目指す。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会幹事。福岡黎明社会員。

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