「神武天皇架空説」の学問的根拠を調べてみてわかった衝撃の事実(前)

Covid-19(通称:武漢肺炎)の影響で今年の橿原神宮の神武天皇祭は参列者のいない状態で行われた。神武天皇祭は毎年4月3日に行われる。

『日本書紀』によると神武天皇は3月11日に崩御されたが、その時の日付を今の暦に直すと4月3日になる。

皇室関係の祭祀に一般の国民が参列できるようになったのは、比較的後世のことである。奈良時代には伊勢神宮参拝すら、臣民が許可なく行うことは出来なかった。

それを考えると「神武天皇祭に参列できない」と言って嘆くことは、贅沢な悩みなのかもしれない。少なくとも、我々は伊勢神宮にも橿原神宮にも参拝自体は自由に行うことができるのだから。

戦後、神武天皇架空説が定説視された。残念ながら保守派の間でも「神武天皇は学問的には架空」とか「神武東征はあくまでも神話だが尊重するべき」とかいった言説を言うものは少なくない。

しかし、そういった主張をしている方は「神武天皇架空説に本当に学問的根拠があるのか?」と、一度検証したことはあっただろうか?

存在しない「神武天皇実在説」への反論

私も一応歴史学を学ぶ者として、神武天皇架空説と実在説との間にある論証を見てみようと思った。だが、我が国最大の論文検索サイトである「CiNii」で調べて見ても、神武天皇実在説そのものを学問的に批判している論文は見つからなかった。

戦後、神武天皇実在説を唱えた歴史学者は少なくない。

保守論壇でも著名な学者としては田中卓皇學館大学元学長がいる。また、「九州王朝説」「多元的古代史観」で著名な古田武彦昭和薬科大学元教授もそうである。歴史学自体が専門ではないものの、「邪馬台国の会」を主宰するなどして歴史学者たちと互角な論争を繰り広げた心理学者の安本美典元産能大学教授も神武天皇実在説論者だ。

在野の研究者の稚拙な、「学説」とは到底言えないような「思い付き」の「作業仮説」が学界で無視されることは、ままある。しかしながら、田中卓氏も古田武彦氏も安本美典氏も歴史学界において定説派の学者と激しい論争を繰り広げた人物である。

にもかかわらず、学界からの反応が無いのはどうした訳か。

こういうと私が見落としていると言われるかもしれないので、客観的な証拠を挙げると歴史学で最も権威のある学術雑誌に『史学雑誌』と言うものがある。この『史学雑誌』で神武天皇がどのように扱われているのか、CiNiiで検索してみた。

結果は衝撃的なものだった。

なんと、『史学雑誌』に掲載された学術論文のうち、神武天皇について言及した論文は2件しか無かったのである。網野善彦氏の「中世文書に現われる「古代」の天皇」(西暦1976年)と前述の古田武彦氏の「多元的古代の成立」(西暦1982年)の2本だけだ。

この内、網野論文は神武天皇が実在か、架空かを論点にしたものでは、無い。古田論文に至っては神武天皇実在説に立つものである。そう、『史学雑誌』に神武天皇実在説を具体的に批判している論文は、皆無なのである。

さらに念押しして言うと、『史学雑誌』も平成28年(西暦2016年、皇暦2676年)以降の論文についてはネット上では公開していないものの、表題は全て公開されている。しかし、神武天皇を表題に入れた論文は皆無だ。網野氏と古田氏の二論文も神武天皇の名前が表題に記されているわけではない。どちらも神武天皇が主題ではないから当然である。

つまり、神武天皇を主題にした論文は『史学雑誌』に一本も掲載されていない。神武天皇実在説は論争以前に、主題として研究もされていないのである。それが現状だ。

『史学雑誌』には「回顧と展望」というものもある。これは毎年の歴史学界の研究や論争の内容を纏めたものであり、『史学雑誌』に掲載されていない学術論文についても触れている。その中には一般人には入手しにくい各大学の「紀要」に掲載された論文も含まれており、「回顧と展望」は歴史学界の様子を知る格好の資料だ。

では、この『史学雑誌』「回顧と展望」には神武天皇についての論争は載っているか、と言うと、これまた載っていない。私が「CiNii」で調べたところ、神武天皇について「回顧と展望」で触れているのは2回だけ、その内一つは中国の「黄帝紀元」が日本の「神武天皇紀元」をモデルにしたという研究を紹介するもので、神武天皇の実在論争とは直接には関係ない。

もう一つは原島礼二氏の著書『神武天皇の誕生』を紹介するものであるが、ここでは原島氏が神武天皇架空説論者であることには触れられているものの、神武天皇実在説への反論は載っていない。

どうして「神武天皇は架空」と言えるのか

学問というのは論争によって発展するものである。

神武天皇架空説が定説であるからと言って、それに対する学問的な批判があれば適宜反論しなければならない。実在説への反論を行わずに「神武天皇は架空である」等と主張する学者は学問的であるとは言えないし、ましてや歴史教科書やマスコミが実在説の存在を隠して一方的に架空説だけを国民に刷り込んでいくのは大きな問題である。

無論、神武天皇架空説に全く根拠がない訳ではない。言い古されたことではあるが、これまで神武天皇架空説論者は主に次のような主張をしてきた。

1.神武天皇は『古事記』では137歳、『日本書紀』では127歳で崩御したと記されているが、とても史実であるとは思えない。

2.初代天皇である神武天皇についての記録は比較的詳細に残っているのに対して、第二代綏靖天皇から第九代開化天皇までの記録が『古事記』『日本書紀』には皆無である。より古い神武天皇の記録だけが残っている、等ということは考えにくいことから、初代神武天皇から第九代開化天皇までの天皇は実在しない架空の天皇である。

3.初代神武天皇も第十代崇神天皇もどちらも「ハツクニシラス天皇」と記されているが、「ハツクニシラス」と言うのは「初めて国を統治した」という意味であり、「初めて国を統治した」天皇が二人もいるはずがない。崇神天皇が本当の初代天皇であり、神武天皇は後から造作された架空の「初代天皇」である。

だが、こうした主張は実は神武天皇架空説の決定的な論拠とはなりえないものである。何故ならば、

1.『魏略』逸文には古代倭国では一年を二年と数える「倍数年暦」が使用されていたことが記されており、事実、『魏志』「倭人伝」には倭人の寿命が「或いは百年、或いは八、九十年」と記されており、倭国で倍数年暦が使用されていたことはほぼ確実である。すると、神武天皇についても実際には60代で崩御されたことになり、特に不信ではない。

2.初代の記録が詳細に伝えられるのは、むしろ自然なことである。この場合、神武天皇の事績について多少の脚色があっても架空説の根拠にはならない。記録が比較的多い近代になってもアメリカのジョージ・ワシントン大統領については様々な伝説が生まれているぐらいである。第二代から第九代の天皇の記録が残っていないことは、当時の大和政権の規模から考えてむしろ自然なことである。

3.「ハツクニシラス天皇」と訓みは一緒であるが、漢字ではこの「国」の部分は「天下」(神武天皇)と「国」(崇神天皇)という風に使い分けわれている。日本語でいう「クニ」に多義性があることは「故郷」という意味で「クニ」と呼ぶことでも明らかである。この問題は神武天皇の時代の「クニ」と崇神天皇の時代の「クニ」とは発音が一緒でも実態が違う(だからこそ、表語文字である漢字では書き分けられている)ということで説明がつく。そもそも、本当に神武天皇が後世の造作であり、しかも「ハツクニシラス天皇」が「初代天皇」という意味であるならば、どうして『日本書紀』の作者は「ハツクニシラス天皇」の称号を二人にも使用させるという不体裁なことをしたのか。

というように、容易に反論が出来るからである。

古代史において一次史料の欠如は当然である

こう言うと、次のような反論が返ってくるかもしれない。

「しかし、神武天皇の実在を示す直接的な史料(一次史料)は存在しないではないか!」

だが、これは文献史学についての無知からくる言葉である。

(続く)

日野智貴(ひの・ともき)平成9年(西暦1997年)兵庫県生まれ。京都地蔵文化研究所研究員。関西Aceコミュニティ代表。専門は歴史学。宝蔵神社(京都府宇治市)やインドラ寺(インド共和国マハラシュトラ州ナグプール市)で修行した経験から宗教に関心を持つ。著書に『「古事記」「日本書紀」千三百年の孤独――消えた古代王朝』(共著・明石書店、2020年)、『菜食実践は「天皇国・日本」への道』(アマゾンPOD、2019年)がある。

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