参院選全国比例は、各政党の「実力」を測定する良い機会だ。実力とは、選挙における集票力に他ならない。その集票力は、多くの場合そのまま「政治力」に転化される。
令和元年の参院選は、「れいわ新選組」と「NHKから国民を守る会」が新たに政党要件を獲得したことが注目されたが、この2党が一過性のブームに終わらず、政治活動を持続していくためには、今後どれほど組織化できるかにかかっている。
さて、政党の実力を支える「組織力」とは何であろうか? 普通に考えれば、議員・事務局・党員によって構成される政党が組織力そのものである。しかし実際のところ、わが国には政党組織だけで選挙を戦っている例は少ない。
では、どのような組織が政党を支えているのだろうか? それは「互助共同体」である。
全国比例の組織内候補
「互助共同体」というのは私の造語だ。詳しい定義については後で説明するが、ここでは「政治活動を行う互助組織」と理解してもらえば良い。
さて、参院選全国比例における「組織票」の動向を順に見ていこう。
自由民主党
トップ当選は約60万票を集めた柘植芳文で、元全国郵便局長会会長だ。郵便局長会とは民営化前にあった「特定郵便局」という世襲公務員による互助組織で、小泉郵政解散に際しては造反組に国民新党を結成させ、同党は平成19年の参院選で120万票を集めている。
約19万票を集めた石田昌宏は元日本看護連盟幹事長。看護連盟は看護師・保健師・助産師などの職能団体「日本看護協会」(会員約68万人)の政治部門。看護協会には看護師の約半数が属しているという。
約16万票で初当選した本田顕子は日本薬剤師連盟副会長。薬剤師連盟は薬剤師の職能団体である公益社団法人日本薬剤師会(会員約9万7千人)の政治部門。
約15万票を集めた羽生田俊は元日本医師会副会長。公益社団法人日本医師会(会員約17万人)は医師の職能団体だ。
立憲民主党
トップ当選は約16万票を集めた岸真紀子で、自治労特別中央執行委員の肩書きを持つ。元北海道岩見沢市職員。自治労(全日本自治団体労働組合)は地方公務員の職員団体で、組合員数は約80万人。連合に加盟する産別労組としては2番目の組織力を誇る。
約15万票を集めた水岡俊一は、日本教職員組合教育政策室長。日教組は約24万人の教職員が所属する最大の教員労組だ。かつては社民党にも組織内候補を出していた。
約14万票の小澤雅仁はJP労組中央副執行委員長。JP労組とは日本郵政グループ労働組合のことで、約23万人の組合員を擁する。単一組織労働組合としては日本最大。
同じく約14万票の吉川沙織は元情報労連特別中央執行委員。情報労連(情報産業労働組合連合会)はNTT労組などが加盟する情報通信関連の産別労組で、傘下の組合員は約20万人。
約10万票の森屋隆は私鉄総連交通対策局長。私鉄総連(日本私鉄労働組合総連合会)はJRを除く鉄道会社・バス会社などの労組が加盟しており、組合員は約11万人。
以上、立憲民主党の全国比例候補のうち上位5名全員が連合に加盟する労働組合の組織内候補である。
国民民主党
トップ当選は約26万票を集めた田村麻美。UAゼンセン政策グループ政治局員で元イオン労組中央執行委員だ。UAゼンセンとは繊維・アパレル・化学工業・工業・食品・流通・サービスなどの幅広い産業分野からなる産別労組で、連合傘下では最大の約170万人の組合員を擁する。
同じく約26万票を集めた礒崎哲史は元自動車総連特別中央執行委員。自動車総連(全日本自動車産業労働組合総連合会)はトヨタ自動車に代表される自動車メーカーの産別労組で、組合員は約74万人。
さらに同じく約26万票を集めた浜野喜史は元電力総連会長代理。電力総連(全国電力関連産業労働組合総連合)は主要電力会社の産別労組で、組合員は約22万人。電力総連は原発推進派であり、廃炉に反対している。
他にも電機連合(組合員約61万人)の組織内候補が約19万票、JAM(機械・金属製造業の産別労組で組合員約35万人)の組織内候補が約14万票獲得したが、落選した。
社会民主党
立憲民主党と国民民主党に組織内候補を送り込んでいる労働組合がいずれも「連合」に加盟しているのに対し、社民党を支援しているのは「全労協」(全国労働組合連絡協議会)というナショナルセンターである。傘下の組合員数は約10万人。
全労協はかつて日本社会党左派と近く、現在では社民党と新社会党を支援している。労組が連合系と共産党系に分裂した際、中立的な労組の受け皿となった経緯がある。最大の加盟労組は東京都職員による都労連(組合員約3万4千人)。
公明党と共産党
公明党の全国比例当選者のうちプロフィールを確認できる上位6名(いずれも現職)に創価大学出身者はおらず、創価学会での役職なども確認できない。約1万5千票で最下位当選した新人・塩田博昭は公明党職員。
同党の支持母体である宗教法人創価学会の信者数は公称で827万世帯。宗教学者の島田裕巳氏は実数を「約280万人」と見ている。
▽100万票も減らした「公明党」(デイリー新潮)
https://news.livedoor.com/article/detail/16820805/
公明党が実態として創価学会の政治部門であることに変わりはないが、少なくとも人事面では切り分けが進んでいるものと思われる。
日本共産党の支持母体として知られるのは労組ナショナルセンターの「全労連」(全国労働組合総連合)だが、傘下の組合員数は57万〜80万人。同党の党員・党友数は約30万人(実数は推定25万人)。
参院全国比例で共産党は約450万票を獲得しているので、傘下労組の組合員数や党員数だけでは説明がつかない。そこで参考になるのが党機関紙「しんぶん赤旗」の購読者数だが、日刊版で約24万部、日曜版で約138万部とされている。
その他、共産党の支持団体になっているのが医療機関の社会運動団体である「全日本民医連」(全日本民主医療機関連合会/344法人が加盟)、中小事業者が加盟する民商(民主商工会)の全国組織「全商連」(全国商工団体連合会/会員数約20万人)など。
共産党の比例当選者にも、支持団体の組織内候補らしき人物は存在しない。
互助共同体とは
私は月刊『国体文化』誌上で平成30年に「共同体の遺伝子」と題した論考を連載し、そこで「互助共同体仮説」を提唱した(同連載は小著『日本独立論』所収)。
ここでいう「共同体」は、個人と国家の間にある中間集団の一種で、「地域共同体」と「互助共同体」に分類できる。いわゆる互助組織が地域共同体に匹敵する政治勢力に成長した場合の仮の呼称が「互助共同体」だ。
私は互助共同体の成立要件を以下のように定義している。
(1)同一あるいは近似の社会的属性
職業分野、所得水準などの社会的属性が近く、公共政策に関して利害が一致する集団であること。
(2)収入の安定的増加を見込める
その集団に属することで収入が安定し、あるいは将来的に増収が見込めること。
(3)応分負担義務
集団に対して収入に応じた経済的負担義務を有すること。
自民党の支持団体である業界・職能団体、立憲民主党を支持する公務員労組、国民民主党を支持する民間労組、公明党を支持する創価学会は互助共同体の条件を満たす。日本共産党に関しては党そのものが互助共同体である。
互助共同体は単なる互助組織ではない。「同一あるいは近似の社会的属性」を持つがゆえに、政治活動に進出する蓋然性が高いのだ。
選挙は「流血なき内戦」
われわれが義務教育などで教わる選挙、つまり建前上の選挙制度は、限定された選挙期間中に政党や候補者が理念や政策を訴え、有権者が公平にそれらの主張を吟味して、賛同する対象に投票する、というものだ。
しかしそのような建前上のイメージは実態とかけ離れている。実態は、上記に挙げた各互助組織の「日常的闘争」の決戦場=結果が「選挙」なのだ。「選挙は告示(公示)と同時に決着する」といわれる所以である。
かつて鎌倉武士は「一所懸命」という理念とともに土地を基盤として勢力を拡大した。封建武士団は武力を持った「地域共同体」に他ならない。前近代において武力は、そのまま政治力を意味した。
これが近代化によって解体され、武力は中央政府に吸収された。そこで武力に変わる政治力として「集票力」が生まれた。最も効率良く安定的に集票力を伸長させてきたのが「互助共同体」に他ならない。
現在の日本は、かつての武士団のごとき互助共同体による、流血なき内戦、合法的戦国時代である。
既得権打破を目指す互助共同体を作れるか?
はじめに述べたように、「れいわ新選組」と「NHKから国民を守る会」の持続可能性は組織化の成否にかかっている。この「組織化」は、単に党員を増やすとか地方支部を開くという意味ではない。互助共同体化できるか否か、だ。
これは、政界への新規参入を目指す政治団体全般に対しても指摘できる。私はこれまで複数の保守団体に所属し、国会へ代表者を送り込む運動に参加してきた。しかしいずれの場合も、互助共同体の条件を備えておらず、儚く消え去って行った。
奇抜なパフォーマンスや候補者のタレント的人気によって多くの票を集めることに成功したとしても、それが一過性のものであれば、既存の政治体制にとって脅威ではない。
これから政治団体が新規参入するには、少なくとも10万人の互助共同体を形成することが先決になる。10万人が1人あたり9票のフレンド票を集めてやっと参院比例1議席。公明党=創価学会並みの政治的影響力を持つには最低100万人規模の互助共同体に拡大する必要がある。