丸山穂高議員への批判者に問う「礼儀知らずは集団リンチされるべきか?」

国際
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わが北方領土の国後島において、訪問団長の男性(元島民)に対し「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか?反対ですか?」と発言し、衆議院で糾弾決議を受けた丸山穂高議員について、いわゆる保守派の間でも非難論と擁護論が錯綜している。

今回は、左翼からの的外れな批判はともかくとして、一部保守派から噴出している非難論について検討してみたい。今回は「国内編」とし、「国際編」は次回改めて論じる。

欺瞞と売国の「2島返還」論

【非難論1】日本政府がロシア側と長年積み重ねた「返還交渉」を、丸山穂高発言が無にした。先人の努力を踏みじる言動だった。

日本政府がいったいどのような「返還交渉」を続けてきたのか、それがどれほど「進展」していたのか、一野党議員の酒席での発言が「無にする」交渉とはいかなるものなのか、疑問の多い指摘だ。「先人の努力」云々も、感情論に過ぎない。

ロシア側は一貫して北方領土に関する日本の領有権を認めていない。北方四島のうち「択捉島」「国後島」は交渉の俎上に上がっておらず、「歯舞群島」「色丹島」を日本側に「譲渡」(返還ではない)することについて、日露平和条約締結後にこれを認めるというのが、日ソ共同宣言以来一貫した立場だ。

これに対して日本側は、「択捉島」「国後島」を含む北方四島返還の可能性をロシア側から引き出した形跡がない。国後島の「ムネオハウス」で有名な鈴木宗男元衆院議員などは「二島返還論」を唱えてきた。

ロシア側に妥協の可能性がない以上、日本政府が北方領土問題に平和裡な外交交渉によって決着をつけるには、「択捉島」「国後島」の領有権を放棄するしかない。このような妥協的売国的決着を、もし丸山穂高議員が「無にした」のであれば、むしろ歓迎すべきではないか?

そもそも、一野党議員の発言が国家間の外交交渉に大きな影響を与えるとは考えにくい。野党議員の考えが政府の意思決定に反映する可能性が低いことは、自由主義国家の政治家でなくとも分かる筈だ。

日本は自由主義国家

【非難論2】丸山穂高議員は、ロシアが支配する国後島において、元島民の交流訪問団長に対して失礼な発言をした。場を弁えず、国会議員失格だ。

まず確認しておきたいことは、国後島はわが国の領土である。大阪の居酒屋であろうと、国後島であろうと、酒を飲むのも発言するのも、外出するのも自由であり、規制されるべきではない。

発言の相手が訪問団長だったことも非難されているが、「戦争」発言の前に団長本人が、国後島の墓を整備したい、実際に遺骨がどこにあるのかもわからない、という趣旨の発言をしている。

しかしロシア側は当の国後島を交渉の俎上にすらあげていないので「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか?反対ですか?」という発言に至ったのだ。あくまで団長が「戦争はすべきではない」と言い、そのことを考慮に入れるならば返還交渉は一層困難になる。

元島民の本音を確認しておくことについて、丸山穂高議員がそれを重要だと考えたとしても不思議ではなく、別に非難されることでもあるまい。むしろ島民側が痛いところを突かれて過剰反応しているようにも見える。

また、「国会議員失格」か否かは当該選挙区の有権者が判断することであって、丸山穂高議員が次の衆院選で洗礼を受ければ良いだけの話だ。

長期的視点を持たない日本維新の会

【非難論3】日本維新の会が丸山穂高議員を除名したのは当然であり、除名した日本維新の会を非難するのはおかしい。せっかく維新が各種選挙で善戦し、大阪で公明党を牽制できるくらいに育ったのに、丸山穂高議員を除名しなかった場合の方がダメージは大きい。

私は特に日本維新の会を支持しているわけではないが、維新の会はいまの日本政治に必要な政党であると考えている。その考えは、丸山穂高議員除名後も変わらない。

また、丸山穂高議員の発言によって日本維新の会の支持率が下がること、直近の選挙へ悪影響を及ぼすことを食い止めたい、と同党執行部が考えたであろうことは想像できるし、理解できなくもない。

しかしその上で、日本維新の会が丸山穂高議員を除名処分にしたことは間違っていたと指摘したい。

まず、日本維新の会が丸山穂高議員の言動を「擁護」することは現状の日本社会では難しかったであろうし、もし擁護していれば堺市長選や参院選に悪影響を及ぼしただろう。従って、党として何らかの処分は免れなかった。

それは、日本維新の会が政治思想団体ではなく、選挙を戦う「国政政党」であることからして、極端に左傾化したマスメディアや世論を全面的に敵に回すことができないのであるから、止むを得ないことだろう。

しかしそれでも、同志を斬るには斬り方というものがある。維新の会は「泣いて馬謖を斬る」姿勢を示すべきであった。しかし実際には率先して議員辞職勧告決議に動くなど、「水に落ちた犬は打て」という態度に終止した。

日本維新の会の母体である大阪維新の会を含め、同党には比較的若手の議員が多い。

党内に政治経験の豊富な古参政治家も少なく、政治家がダイレクトに発信できるようになったインターネット環境もあり、維新の会の議員が発言を巡ってバッシングを浴びる可能性は今後もある。

しかし一度ミスをすれば、この政党は同志を守るどころか、率先して叩く。このことが今回証明された。維新の会に所属する若手議員の多くは、「この党は自分がミスをした時も守ってはくれない」と感じたことだろう。

「自分さえ当選できれば党はどうでも良い」と考える議員が集まる政党は弱い。政党を存続させるために議員や党員の団結力は極めて重要だ。

また、これから政治家を目指そうと考えている優秀な若者も、維新の会が所属議員を全く守らない政党であると考え、同党からの立候補を躊躇するようになるだろう。

今回の除名処分で日本維新の会は短期的には悪影響を最小限に抑え込むことに成功したかも知れないが、長期的には党勢の衰退をもたらす可能性が高い。

そもそも丸山穂高議員は除名処分を受ける前に離党届を提出している。維新の会はこれを受理するだけで良かったのだ。

憲法改正を目的化しては本末転倒

【非難論4】次期衆院選で日本維新の会から公認されないであろう丸山穂高氏は必ず議席を失うので、改憲派としても丸山氏を擁護し維新の会を叩くことは「百害あって一利なし」だ。

そもそも丸山穂高議員は「議員辞職しない」と言っているのであって、次期衆院選に出馬するともしないとも言ってはいない。仮に無所属で出馬しても当選する可能性は低い。それでも立候補することは本人の自由であり、日本国民としての権利だ。

しかしそのことと、丸山穂高議員を擁護し、日本維新の会を批判することは全く別問題である。批判者は「改憲派である維新を非難すると、改憲をまた遅らせる」などとも言うが、それこそ本末転倒である。

私が一貫して丸山穂高議員を擁護してきたのは、「戦争」という単語にアレルギー反応して大騒ぎする戦後日本社会の「閉ざされた言論空間」に異議申し立てするためだ。

これまでの記事で検証したように、丸山穂高議員は「ロシアと戦争して北方領土を取り返すべきだ」と主張したわけではない。あくまで、戦争でもしない限り「取り返せないですよね」と指摘しただけだ。そして国後島と択捉島に関する限り、この指摘は完全に正しい。

にも関わらず、丸山穂高議員は日本中から大バッシングを受けた。戦後日本の「閉ざされた言論空間」では、事実を述べるとバッシングを受ける。これは過去何度も繰り返されてきた現象だ。

そのような空気を許したままで「憲法9条」を改正することは困難であるし、仮に改正したとしても日本が「自衛戦争できる」ようにならないのであれば無意味である。

今回の問題発言を原因として、「改憲勢力」とされる日本維新の会が「護憲勢力」に議席を奪われる選挙区があるとすれば残念なことであるが、それも有権者の選択であり、逆に維新が護憲勢力に等しい平和主義を掲げるとすると、そもそも維新を改憲勢力と呼ぶべきか怪しいことになる。

いまの日本は、自衛戦争すらできない。法的にはもちろん可能だが、政治的にできないのである。今回の丸山穂高発言バッシングによって、そのような傾向が強まった。時流に迎合して丸山穂高議員を難詰する自称保守派の浅はかな行いこそ「百害あって一利なし」である。

政治というものは「空気」に左右される。維新の会によるロシア大使館への謝罪や、衆議院における前代未聞の糾弾決議に至ってようやく「行き過ぎたバッシング」を諌める論調が保守陣営にも見られるようになったが、遅きに失したと言わざるを得ない。

要するに日本の保守派には、政治センスが無いのである。

本山貴春

(もとやま・たかはる)選報日本編集主幹。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会事務局長。福岡大法学部卒(法学士)。CATV会社員を経て、平成23年に福岡市議選へ無所属で立候補するも落選(1,901票)。その際、日本初のネット選挙運動を展開して書類送検され、不起訴=無罪となった。平成29年、PR会社を起業設立。著作『日本独立論:われらはいかにして戦うべきか?』『恋闕のシンギュラリティ』『水戸黄門時空漫遊記』(いずれもAmazon kindle)。

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