反イスラム団体の擡頭
去る二月二十八日、イギリス北東部ニューカッスルの繁華街にユニオンジャック(イギリス国旗)や聖ジョージ旗(イングランド旗)を手にした約四百人が集まった。この集会はPEGIDA(西洋のイスラム化に反対する愛国的欧州人)のイギリス支部が主催したもので、「テロの脅威が増している。これ以上のイスラム過激派の台頭は許されない」などと声を上げた。
PEGIDAは昨年十月に発足したばかりの新しい団体だが、発祥地のドレスデンを始めとするドイツ各地で毎週月曜日の夜にデモを行っている。なほ、ドレスデンのデモ参加者に対する聞き取り調査によれば、その多くは高等教育を受けた中流階級に属し、一般市民が多く、年齢層も比較的高いとされる。また、ネオナチの活動家も参加しているようだが、その大半は既存の宗教組織や政治党派との関はりを持たぬ一般市民であるといふ。
PEGIDAの主張
PEGIDAの主張は、同団体の公式フェイスブックページに掲げられている。その一部を紹介しよう。
- 戦争難民および政治的・宗教的に迫害を受けた者の保護
- 権利の保護だけでなく同化の義務を憲法に明記
- EU加盟国が難民を公平に受け入れる枠組みの構築
- 難民問題担当者の負担軽減
- 連邦移民難民庁関連予算の増額
- 警察関連予算の増額
- 亡命者問題と国外退去に関する法律の改正
- 有罪判決を受けた亡命者や移民に対しての断乎たる対応
- 女性蔑視的傾向に対する反対
- 性的自己決定権の尊重
- ユダヤ‐キリスト教に基づく西洋文化の保護
- 国民投票制度の採用
- 非合法組織への武器供与に反対
- イスラム法に基づく宗教裁判所や宗教法廷の否認
- ジェンダーフリー政策反対
- 宗教的および政治的な急進主義に反対
- あらゆる宗教に対するヘイトスピーチの禁止
これらのスローガンからは、外国人の大量流入に伴って生ずる問題が窺える。
第一に、社会に大きな負荷を掛けるという点。それは単に行政予算の増大を招くだけでなく、治安の悪化という形で市民生活を脅かしかねない。
第二に、深刻な文化摩擦を引き起こすという点。ユダヤ‐キリスト教を精神的基盤としつつも宗教と政治との棲み分けを図り、無神論者である自由すら認められている西洋文化と、政治どころか日常生活全体が宗教に律されねばならぬとするイスラム文化との間には大きな溝が存在する。
第三に、多文化主義政策は何の解決にもならぬという点。多文化主義政策は出身国の慣習を温存することに繋がり、受入れ国の一体性を分断する。政府は徹底した同化政策を採るべきであり、同化し得ぬ者に対しては国籍剥奪を含めて断乎たる対応が必要だ。
綺麗事では解消しない潜在的対立関係
こうしたPEGIDAに対し、ドイツのガウク大統領は「社会秩序の破壊者」と断じ、メルケル首相も新年の演説で「彼らの心は冷たく、多くの場合偏見に満ち、憎悪にさえ満ちている」と非難した。また、反PEGIDAのデモなども行はれている。しかしながら、一月七日にパリで起こった諷刺雑誌「シャルリ・エブド」襲撃事件などの影響もあり、PEGIDAの動きはヨーロッパ各地に広がっている。
七世紀半ばに東ローマ帝国軍とイスラム帝国軍とがシリアで争って以来、欧州人とイスラム勢力との関係は決して友好的なものではない。八世紀初めにはイスラム帝国であるウマイヤ朝がイベリア半島にあつた西ゴート王国を滅ぼす。ウマイヤ朝に代わって成立したアッバース朝が衰退すると、十一世紀から十三世紀にかけて、欧州諸国は聖地エルサレムを奪還するとしてイスラム圏に何度も進攻する。
十五世紀には、スペインがイスラム勢力をイベリア半島から排除する一方、トルコに起こったオスマン帝国が東ローマ帝国を滅ぼす。十六世紀に入ると、オスマン帝国は東南ヨーロッパに勢力を拡大し、ハプスブルク帝国の首都・ウィーンを包囲した。十七世紀末、再びウィーンを包囲したオスマン帝国は欧州各国の連合軍に敗北する。
その後、衰退の一途を辿ったオスマン帝国は第一次世界大戦に敗北して崩壊。既にインドから東南アジアに至る一帯はヨーロッパの植民地となっており、同帝国の敗北に伴い、イスラム圏の大半はヨーロッパ諸国の植民地となった。
第二次世界大戦後、その大半が独立を果たすも経済的に貧しく、多くの人々がヨーロッパに移住する。戦後復興・経済成長のため慢性的に人手不足だったヨーロッパ諸国は、彼らを積極的に受け入れた。また、昨今は中東・北アフリカの不安定な政情を背景として難民が流れ込んでいる。平成22年の調査によれば、ヨーロッパ全人口の6%以上がイスラム教徒となっている。
このまま人的流動が拡大し続ける限り、欧州で暮らすイスラム教徒が増えることはあっても減ることはないだろう。彼らが欧州社会に同化すれば摩擦は起きぬだろうが、先に述べた通り、欧州人とイスラム教徒の間には乗り越え難い文化的相違があり、歴史的にも争いを繰り返してきた。そうした潜在的対立を無視して綺麗事を並べたところで双方の不信は高まるばかりだ。現に、イスラム系移住者の二世・三世はヨーロッパへの怒りを募らせてダーイシュ(イスラム国)に走る一方、PEGIDAの反イスラムデモに参加する欧州人は増え続けている。
決して他人事ではない
我が国においても、イスラム圏からの移住者は増えつつある。今や、全国に数十のモスク(礼拝所)が存在するという。留学生が偶像崇拝否定の信仰から仏像を破壊したり、子供の学校給食をイスラム法に適うもの(ハラル)にせよと親が主張したりなど、既に文化摩擦は起っている。こうした摩擦に対しては「郷に入れば郷に従え」という姿勢で臨み、日本社会への同化を徹底的に推進すべきだ。
それよりも急がねばならぬのは、支那人移住者の流入を食い止めることであろう。居座ったあげく「特権」を享受してきた在日朝鮮人の問題については、在特会(在日特権を許さない市民の会)が世論を喚起した。その手法には違和感もあるが、その主張には共感できる部分も少なくない。構成員の多くは既存の宗教組織や政治党派との関わりを持たぬ一般市民であり、その点においてPEGIDAと良く似ている。
だが、今や朝鮮人移住者より遙かに多く、増加し続けている支那人移住者の問題については対処が遅れている。このまま放っておくと、日本は間違いなく支那化してしまう。私たちは既往の行き掛かりを捨て、「日本の支那化に反対する愛国的日本人」の結集を図らねばならない。
(執筆者 東山邦守)