映画『三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実』 1969年5月13日の謎(2)

私は、この文中で討論会と書くときは”討論会”と引用符を付けて書いてきました。その理由は、これは討論会ではないからです。

討論会とは、互いが対等の知性を持っているときに成立するものであり、既に、世界的なレベルでその知的才能が評価されており、また、それに相応しい実績を残してきた人物と、まだ学びの途中にある学生達では土台、討論になりようがないのです。

事実、聞きかじったばかりの知識を闇雲に振り回し挑んでくる学生に対し、三島は余裕を持って学生の意見を受け止め、論旨の乱れを正してやり、論点を明快にした後、おもむろに意見を述べていく、まるで武道の達人が、弟子達に稽古を付けているような状態なのです。

この討論内容が難解であるという感想を目にすることがあるのですが、それは学生達が、自分でもまだ十分に理解し切れていない内容を語り散らかしているからで、対する三島の言葉は、高度であっても、整然としており明快です。

今まで、三島由紀夫のことを、切腹した時代錯誤の小説家としか受け止めていなかった方は、この映画に見られる、三島の持つ高度な透徹した知性の輝きに唖然とするのではないでしょうか。

私はこれまで、学生達のその未熟で底の浅い、にも関わらず自分をいっぱしの人間に見せようと虚勢を張る青臭い態度に辟易し、さほど真剣にこの”討論会”の映像内容について考えてきませんでした。

これが討論でないことは明白です。では、討論でなければ何か。死を前にしての粋狂か、気晴らしのお喋りか、いやそんな筈はあるまい、しかし、…。私の思考はここで停止し、これ以上の考察を行って来ませんでした。

ところが、今回の映像で、当時の空気感が完全ではないにせよ再現され、当日の熱気がこちらに伝わってくる状態となったとき、鑑賞していた私の脳裏に浮かんできたのは、三島由紀夫が学生達に言った、

「私は諸君の熱情だけは信じます」

という言葉でした。スクリーン越しに50年の歳月を隔てて、その熱情が私にも届いてきたのです。

私は漸くにして思い至りました。1969年5月13日、三島由紀夫は、学生達に自らの思いを託しに行ったのです。

「言霊をここに残して、私はこの場を去って行く」

と三島は言いました。

この言葉、本来ならば、「後はお前たちに任せた。」と言うべきところでしょうが、”敵”に対してそれは言えない。だから、あのような謎めいた物言いになったのだと思います。

あの場で三島由紀夫と学生達との間でなされたことは、討論ではなく対話、それも、吉田松陰的な意味における対話だったのです。

私は、松下村塾の秘密の一端を垣間見たような気になりました。誰もが、あの萩という小さな場所の小さな一私塾から、何故かくも多くの時代を変える逸材を、短期間で輩出できたのか不思議に感ずるのです。

それも、表面上は何一つ特別なことは行っていない、行ったことは、孔子・孟子の解読と時局を共に論ずることだけ、これならば日本のどこにでも松下村塾は成立しそうなのです。

ただ、私は、ここは教育の要諦と信じているのですが、教育とはやり方ではなくてあり方だと思っています。松下村塾のやり方であれば、もう分っている。でも、そのやり方をいくらなぞってみても、あと一人の高杉晋作も久坂玄瑞も出てこないのは、そのあり方が分からなかったからだと思います。

この映画には50年目の真実というサブタイトルが付いています。

何をもって真実とするかは、人によって様々でしょうが、私にとっての真実とは、ここに松下村塾があったというものです。

私は、もしこの三島と学生達の対話が、一年間毎日、それも三島が最初に提案したように少人数でなされていたとしたら、物凄いことになっていただろうと思うのです。そしてそれを実際に行ったのが、松下村塾なのです。

ただ、本当に惜しむらくは、この対話は一回で終わり、三島と学生達は敵という位置関係を変えることなく、翌年の三島の自決を迎えることになるのです。

(続く)


石原志乃武(いしはら・しのぶ)/昭和34年生、福岡在住。心育研究家。現在の知識偏重の教育に警鐘を鳴らし、心を育てる教育(心育)の確立を目指す。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会幹事。福岡黎明社会員。

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