日本の夏は蒸し暑い。こんな気候で、スーツにネクタイを強いられるのは拷問のようなものである。ここ数年は政府主導で「クール・ビズ」が提唱され、職場での半袖ノーネクタイがごく普通の光景になった。しかしまだまだ、フォーマルな場や、職種によってはスーツとネクタイで過ごさねばならない。
スーツというのは働く男の象徴でもある。仕事という戦いの場に臨む男性諸氏にとっては、勝つための戦闘服と呼んでも良いだろう。なんせ「人は見た目が9割」と言われる昨今である。ところで、そんなスーツの起源が正真正銘の「軍服」だった、と聞けば驚かれるだろうか?
スーツの源流とされるフロックコートは15世紀から16世紀ごろのヨーロッパで生まれた。初めは騎兵の軍服として使用されたため、乗馬に際して防寒できるように前合わせの部分が2枚重ねで襟も高かった。フロックコートは貴族の外套や農民の作業着としても広く普及した。
現在市販されているスーツの多くには袖にボタンがある。多くの場合袖が開閉できないようになっているので、まったく用途のないボタンだが、フランスのナポレオン軍が北方へ遠征した際、兵士が袖で鼻水を拭うのを止めさせるために付けられたという。
また、ネクタイの起源は、ルイ13世の統治するフランスに派遣されたクロアチア兵が首に巻いていたスカーフという説がある。後にイギリスで、スカーフの結び目だけを残した蝶ネクタイが生まれ、同時期に現在の形に近い縦長のネクタイが生まれた。
ちなみに、スーツの下に着るワイシャツはもともと肌着だった。いまでもヨーロッパではワイシャツの下に肌着を付けないことが多いという。ブリーフやトランクスができるまでは、下の肌着もワイシャツが兼ねていた。そのため、ワイシャツは前と後ろの裾が股間で繋がるようになっていた。
いまではスーツは世界的に紳士の服装として定着しているが、もともとはヨーロッパにおいて軍隊の防寒用の服装として発展したものだった。そして機能的な軍服の名残も留めていると言える。
日本には明治時代にスーツが輸入され、初めは軍服として普及した。また、明治政府は不平等条約改正のために、上流階級から洋装化を積極的に進めている。現在のようにビジネススーツとして広まったのは19世紀以降のアメリカからで、日本で庶民に本格的に広がったのは戦後と言って良いだろう。
このように、軍事に由来する日用品は意外に多い。小学生のランドセルの起源は歩兵の背嚢だし、インターネットは米軍の通信網として生み出された。戦後日本ではとにかく軍事に関するものは嫌われる。ミリタリールックで歩いているだけで警官に職務質問されるくらいだが、軍事技術の発展こそが人類の発展を支えてきたと言えるだろう。
(本山貴春)