新型コロナウイルス感染症による「武漢発パンデミック」が深刻度を増している。欧州や米国においても飲食店の閉鎖や外出制限が打ち出される中、わが日本における感染者数は比較的抑制されているようだ。
しかしこれは、政府や自治体が発表する数字が感染者数の実態に即したものであることを前提としており、「そもそもウイルス検査の件数を意図的に抑制しているのではないか?」という疑念は拭えない。
新型コロナ感染症のウイルス検査実施基準について、当初厚労省は「武漢への渡航歴がある者」及び前者と「濃厚接触した者」に限定していた(いわゆる武漢縛り)が、2月17日に「4日以上発熱があり」、かつ「重度の肺炎が疑われる」場合にも拡大し、大きく報道された。
(翌日、福岡市に確認したところ、現場では武漢縛りは解除されていなかった)
安倍首相「感染を疑う場合には検査を行う」
2月29日に安倍首相は新型コロナに関して初めて記者会見を行い、ウイルス検査について以下のように述べた。
PCR検査については、検査がしたくても保健所で断られ、やってもらえないという御指摘をたくさん頂いております。保健所は都道府県や政令市の組織ですが、政府として、医師の判断において感染を疑う場合には検査を行うよう、これまでも繰り返し依頼を行ってきたところです。また、その地域の検査能力に限界があるために断られるといったことが断じてないように、広域融通によって必要な検査が各地域で確実に実施できるよう、国において仲介を行います。(首相官邸HP)
安倍首相は同じ会見において「現時点で、全国で1日当たり4,000件を超える検査能力」があるとも述べている。しかし2月29日以降も国内における1日あたりのPCR検査数は増えていない。3月1日から15日の間で、最も多い日が1,839件、少ない日は529件に留まっている。(厚労省HP)
3月6日以降は検査費用について保険適用が始まっているにも関わらず、である。
「結果的に日本政府の方針が正しかった」?
そのような中、安倍政権支持者を中心に、
日本はウイルス検査の件数を抑制しているので、諸外国と違って医療崩壊が発生していない。結果的に日本政府の方針が正しかった。
という主張が散見され始めた。
そのような主張に対して私は、TwitterやYoutubeを通じて違和感を表明してきた。
3月12日
「大勢検査したら医療崩壊がおこる」っていうけど、本気で言ってるの?少なくとも症状が出ている人は検査して、陽性なら自宅隔離しないといけないし、重症化しないか観察しないといけないよね。なぜ民間人が検査数抑制を主張するのかわからん、、、(Twitter)
「外国に比べてまだまだ日本は感染者数がすくないぜ。えっへん」って言いながら、「検査して陽性でも確度は低いし、どうせ自宅療養だから検査すんな」って言うの、矛盾してない?(同上)
3月16日
新型コロナに対して「日本政府は戦略的に対応を遅らせ、極端なことをしなかったので世界で最善の結果になった」みたいなストーリーが流布されつつある。新型コロナによる死者数は少ないけど、原因不明の肺炎患者が激増するかもね。(同上)
新型コロナの検査はどの地域にどの程度感染拡大しているのか実態を調べるためにやるべきだと主張してきたが、政府は実態なんか知りたくないのだろう。このまま有耶無耶にして、予定通り五輪をやりたいのだ。(同上)
「検査数を抑制してるから医療崩壊してない」という主張は一見もっともらしいが本当だろうか?重症患者が増えれば、どちらにしろ医療崩壊するのでは?高齢者が自主的に引きこもっていることで重症患者が抑制されているだけではないか。(同上)
日本には言論の自由がある。しかし言論の自由は、正確な公開情報があってはじめて機能する。しかし日本の当局者には、昔から政治的に都合の悪い情報を平気で歪めたり隠したりする悪癖がある。その傾向が新型コロナにも出ていることを、疑う。(同上)
3月17日
なぜ軽症の陽性患者を入院させないといけないという前提になるのかわからない。軽症なら自宅隔離でよい。その濃厚接触者は検査してクラスターを囲い込むのが政府の方針ではなかったか。言行不一致だ。(同上)
日本で医療崩壊に至っていない理由は、おそらく、国民の行動が自制的になっており、かつ潔癖な生活様式をもっていたためで、政府が検査を抑制していることと関係ないだろう。(同上)
とりあえず原因不明の重症肺炎患者だけでも全員PCR検査をすべきだが、それすら抑制していたことが明らかになっている。「どうせ確度は70%だから無意味」という意見もあるが、そんなこといったらいつまでも実態がわからず、社会不安を助長する。(同上)
「有無を言わさず入院隔離措置」?
上記の投稿のうち、「なぜ軽症の陽性患者を入院させないといけないという前提になるのかわからない。軽症なら自宅隔離でよい」という私の主張に対してネットユーザーから以下のようなコメントが来た。
コロナウイルス感染症は、指定感染症になっているため、感染が確認されたら、有無を言わさず入院隔離措置が執られることになっているからです。そうすると、感染症指定医療機関ではない一般の医療施設でも入院させざるを得ない状況になり、逆に院内感染を拡大させる可能性が増します。
軽症や無症状の陽性患者を「有無を言わさず入院隔離」させるとすれば、「いたずらに検査数を増やせば医療崩壊が起こる」という主張の説得力は高まる。それでも首相や厚労省の発表した「建前」とは矛盾するのだが、一定の論理性はあるといえる。
確かに新型コロナウイルス感染症を「指定感染症」としたことで、「患者の強制隔離(強制入院)」や「治療費の公費負担」が可能になったことは私も報道によって承知していたのだが、それはあくまで「可能」になったのであって、「陽性であれば入院させなければならない」とは考えていなかったので驚き、事実関係を調べることにした。
医大学長「指定感染症なので入院隔離措置」
そこで最初に見つけたのが、北海道医療大学学長で医師である浅香正博氏による署名記事である。以下に一部を抜粋する。
▽(3月10日)浅香正博氏:【識者の眼】新型コロナウイルス感染症:指定感染症であることによる混乱の可能性
www.jmedj.co.jp
PCR検査は感度については良好であるが、鼻咽頭粘膜などの検体採取部にウイルスが存在しない場合、感度をいくら上げても陰性と出る可能性が大きい。そのため検査陽性の場合は感染ありと断定できるが、陰性の場合は信用ができない可能性がある。PCR検査を希望者全員に行うことは感染者の数を著しく増やすことにつながると考えられる。この場合、無症状や軽度の症状の人もまとめて新型コロナウイルス感染症と診断されるので、指定感染症である以上、有無を言わさず入院隔離措置が執られることになる。そうすると、感染症指定医療機関ではない一般の医療施設でも入院させざるを得ない状況になり、逆に院内感染を拡大させる可能性が増してくる。
「陰性の場合は信用ができない」ということと「検査を希望者全員に行うことは感染者の数を著しく増やすことにつながる」ことの関係性が不明だが、それは措くとしよう。
問題は「無症状や軽度の症状の人もまとめて新型コロナウイルス感染症と診断されるので、指定感染症である以上、有無を言わさず入院隔離措置が執られる」という部分だ。医師であり医大学長が述べることであるので信憑性は高いが、法的に医療機関側の義務があるのか疑問に思い、厚労省の公文書を確認した。
すると確かに、厚労省は2月13日付けの政令によって「無症状病原体保有者を入院の措置の対象とする」という方針を示していた。
▽(2月13日)厚労省:新型コロナウイルス感染症を検疫法第三十四条の感染症の種類として指定する等の政令等について(施行通知)
www.mhlw.go.jp(pdf)
新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令の一部を改正する政令(令和2年政令第30号)により、無症状病原体保有者の入院の措置対象への追加を行い、新型コロナウイルス感染症の無症状病原体保有者を新型コロナウイルス感染症の患者とみなして、入院の措置の対象とする。
上記の方針(あくまで方針であって、行政側の義務ではない)のまま感染者数が増え続ければ、退院者を差し引くとしても指定医療機関が満床となり、一般の医療機関への入院受け入れが始まり、やがて医療崩壊に至る可能性は否定できない。
厚労省「陽性であっても自宅での安静・療養を」
しかし当然ながら、厚労省は指定医療機関が満床になった場合の方針をすでに示している。
▽(3月1日)厚労省:地域で新型コロナウイルス感染症の患者が増加した場合の各対策(サーベイランス、感染拡大防止策、医療提供体制)の移行について
www.mhlw.go.jp(pdf)
地域での感染拡大により、入院を要する患者が増大し、重症者や重症化するおそれが高い者に対する入院医療の提供に支障をきたすと判断される場合、次のような体制整備を図る。(中略)症状がない又は医学的に症状が軽い方には、PCR 等検査陽性であっても、自宅での安静・療養を原則とする。
▽(3月17日)厚労省:新型コロナウイルス感染症患者の自宅での安静・療養について(事務連絡)
www.mhlw.go.jp(pdf)
新型コロナウイルス感染症の無症状者及び軽症者患者の自宅での安静・療養を原則とする対策への移行については、感染症指定医療機関に限らず一般の医療機関においても、感染症病床及び一般病床を含め病床を確保してもなお、〈地域での感染拡大により、入院を要する患者が増大し、重症者や重症化するおそれが高い者に対する入院医療の提供に支障をきたすと判断される場合〉に行われる対策であり、対策の移行に当たっては厚生労働省に相談の上、関係者の意見を聴取して判断するよう改めてお願いする。
この厚労省の方針が守られるならば、浅香学長の憂うる「一般の医療施設でも入院させざるを得ない状況になり、逆に院内感染を拡大させる可能性が増してくる」という状況には、必ずしも至らない。
ちなみに浅香学長は同じ記事の冒頭で、政府が新型コロナを指定感染症に指定したことで「医療現場では季節性インフルエンザの診療よりはるかに煩雑なものとなっている」とし、末尾で「新規感染者より回復者の方が多くなれば」という条件付きだが、「指定感染症の枠から外し、季節性インフルエンザと同じ診療方針で行えばよい」と主張している。
まるで「新型コロナを指定感染症にしたのは間違いだった」と言わんばかりだ。この浅香学長のロジックは、「検査数を抑制している政府の(隠然たる)方針は正しい」とする安倍政権支持者のロジックとよく似ているように思うのは私だけだろうか。
医療崩壊の原因は重症者の急増
新型コロナの水際対策を巡っては「中国からの入国禁止措置が遅い!」などと政権批判を行っていた保守系言論人らも、検査数抑制疑惑に関しては公然と「支持」している。
しかし、厚労省の公文書からも明らかなように、検査数拡大が医療崩壊に直結するとはいえない。医療崩壊はあくまで重症者の「急激な増加」によって起こるのだ。
であるならば、医療崩壊を起こさないために政府が行うべきことはウイルス検査の抑制ではなく、感染拡大の抑制であり、そのための「クラスターの早期発見」や「国民の一時的な移動制限」ではないか。児童生徒に関しては「休校措置」をとったのに、その親たちは毎朝満員電車に揺られている。
また、3月13日には新型インフルエンザ特措法が改正され、同法に基づく「緊急事態宣言」の発出が可能になったにも関わらず、翌日の首相会見では「現時点で緊急事態を宣言する状況ではない」とし、いかなる条件下でこれを発出するのかの目安も示されなかった。
もし前述の「国民の一時的な移動制限」を行うためには、「緊急事態宣言」を発出するしかない。その場合の経済的ダメージは現状以上に甚大なものとなるが、政府としては最悪の事態を想定しつつ、大規模な減税や個人給付による「感染症収束後の速やかな経済復興」を目指すべきだろう。
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本山貴春(もとやま・たかはる)選報日本編集主幹。独立社PR,LLC代表。サムライ☆ユニオン準備委員長。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会事務局長。福岡市議選で日本初のネット選挙を敢行して話題になる。大手CATV、NPO、ITベンチャーなどを経て起業。近著『日本独立論:われらはいかにして戦うべきか?』(Amazon kindle)。