『満洲文化物語』著者に聞く(前編)日本で差別された満洲引揚者の苦悩とは

集広舎刊『満洲文化物語』著者・喜多由浩氏(産経新聞編集委員)インタビュー
於・産経新聞東京本社/聞き手・本山貴春(Select:Japan編集部)

『満洲文化物語』は産経新聞に連載されたわけですが、「満洲」をテーマに執筆しようと思われたきっかけを教えてください。

実は満洲に関しては20年くらい前から関心を持っていました。あるとき産経新聞の企画で、読者に対して戦前の「唱歌」に関する投稿を募集したのですが、その読者投稿の中に「満洲唱歌」という言葉があったんです。

私は「満洲唱歌」というものを知らなかったので、これは何だろうと。自分たちが使っていた音楽の教科書に「ペチカ」とか「待ちぼうけ」という、北原白秋作詞・山田耕筰作曲の唱歌が載っていましたが、これらが満洲唱歌だったと知って驚いたんです。

それで色々と調べるうちに、戦前の満洲における生活水準や文化レベルが非常に高いもので、当時の東京や大阪をも凌ぐものだったということがわかってきました。

それが、戦後に全否定され、歴史そのものが抹殺されており、むしろ侵略や略奪の象徴とされ、「絶対悪」になってしまっていることに気づきました。その結果、満洲唱歌というものも歴史から抹殺されたわけです。

しかし満洲からの引揚者にとって満洲唱歌はとても懐かしく、満洲の文化や生活も大切な思い出でした。それが戦後、全部無かったかのようにされるだけでなく、悪しき記憶として貶められてしまいました。

その結果、満洲開拓者の子供たちが「満洲でひどい搾取をしていた人々の子供ではないか」と、就職や結婚においても差別を受け、自分たちの出自を隠さねばならなくなってしまったのです。

彼ら満洲出身者は、戦後の日本社会において満洲時代について語ることを封じられました。かろうじて、小中学校の同窓会に集まって「ペチカ」や「待ちぼうけ」を歌うことが唯一の慰めになったのです。

このように「満洲唱歌」の逸話を通じて満洲出身者たちの話を聞くうちに、確かに満洲では異文化との軋轢もあったかもしれないけれど、それだけでは一括りにできない生活や文化があったということがわかって来ました。

満洲には素晴らしい文化的広がりがあったにも関わらず、米国の占領政策の結果、一切語ることができなくなりました。日本のマスメディアも「侵略」という言葉で切り捨て、彼らは「侵略者の子供」として差別されました。

終戦時に小学生だった人々も今や80歳を超えています。この方々の証言を残したい、と考えたのが4年前に始めた『満洲文化物語』連載のきっかけです。満洲に日本人が築いた素晴らしい文化があったということを記録として残したい、と考えました。

『満洲文化物語』著者 喜多由浩氏(産経新聞社)

満洲出身者(引揚者)に実際に取材されて、感じたことを教えてください。

20年くらい前から、数百人の満洲引揚者に取材してお話を伺い、貴重な写真もたくさんいただきました。

それまで、満洲出身者の声を取り上げるマスメディアは全くと言っていいほど無く、逆に満洲は「侵略の象徴」という切り口でしか描かれることがありませんでした。

しかし満洲出身者たちには言いたいことがたくさんあったんです。ですから、私が記者として取材に行くと非常に喜ばれました。取材先は次から次に、もの凄い勢いで広がっていきました。

そもそも満洲国の歴史はとても短く、その前史を含んでも40年ほどしかありません。しかし、その文化は素晴らしく奥深いものがありました。

そもそも満洲は清朝において漢民族が入れない土地であり、中国人にとっては「化外の地」だったわけです。万里の長城の外であったところにロシア人や日本人が入り、日本の内地から優秀な人材が多く渡り、高度な文化、教育、産業を築いていったというのが満洲国の実態だったということが、取材を通じてだんだんわかって来ました。

そのような話を満洲出身者から聞くと、満洲に対する彼らの「想い」はもの凄く強い。この大切な歴史を、占領軍の政策によって全否定したままで良いわけがない、と感じました。

著者として『満洲文化物語』を特に読んで欲しいのはどんな人々ですか?

いまの日本の若い人たちです。

そもそも若い人たちは満洲の歴史を知らない人がほとんどだと思います。学校教育では「日本帝国主義の侵略の結果」としてしか満洲のことを教えませんし、近代史の授業そのものが「時間切れ」であまり行われていません。

それは侵略史観で凝り固まっている歴史を教えたくない教員もいるんだと思いますが、だからと言って教科書が間違っているとも言い難い。だから中学校3年生の3学期までに近代史まで至らずに日本史の授業が終わってしまう、という実態があるのではないでしょうか。

私はこの本で、日本が全く侵略をしていないと言いたかったわけではありません。人類の歴史において侵略が繰り返されて来たのは事実ですし、日本が朝鮮や台湾、満洲に進出していって、そこを支配したのは事実です。

けれども、その中でも日本人は良心的に統治したと思います。欧米諸国の植民地支配では、原住民に教育を与えず、愚民化政策をとり、労働力を搾り取るだけでした。そんなやり方に比べると、日本は不毛の土地に鉄道を敷き、学校を建て、産業を興し、雇用を生みました。

当時の日本は遅れて来た先進国として国力が充分でない中、よくやったと思います。当時の日本の国家予算が揺らぐくらいの規模で朝鮮・台湾・満洲にお金を投じています。

もちろん被支配者にとっては、それも「お節介だと」となるかも知れませんが、それでも日本人は良心的でした。その成果の一つが満洲だったのだと思います。

例えば、アメリカ合衆国は白人がインディアンの土地を侵略して作ったわけですが、もし満洲が日本の敗戦と共に滅びていなければ、もしかしたら満洲もアメリカのようになっていたかも知れないわけです。

いわばこれは世界史の繰り返しです。勝つこともあるし負けることもある。それを単なる悪として終わらせてはならない。それを若い人たちに知って欲しいのです。

▽後編に続く
『満洲文化物語』著者に聞く(後編)満洲国建国の挫折から日本人が学ぶべきこととは

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