【11月3日】古事記の編纂が開始された日/「君が代」が初めて披露された日

今日11月3日は文化の日として知られる。1946年に日本国憲法が公布された日を記念する日だが、他にはどのような出来事があったのか見ていっていきたい。

古事記の編纂が開始

711年のこの日(旧暦では和銅4年9月18日)、元明天皇の詔勅により太安万侶(おおのやすまろ)が『古事記』の編纂に着手した。『古事記』は日本最古の歴史書で、内容は天地開闢から推古天皇の時代までが記録されている。

『古事記』は歴史書としての側面だけでなく、文学的な面からも非常に高く評価されている。

また日本神話を現在まで伝える神典の一つとして、日本の宗教文化や精神文化にも大きな影響を与えている存在でもある。事実、『古事記』に現れる神々は現在でも多くの神社で祭神として祀られているのだ。

古事記の編纂の上で重要な役割を果たした人物は太安万侶以外にもいるが、稗田阿礼(ひえだのあれ)は特筆すべき存在だ。

稗田阿礼は、天武天皇に仕えていた人物で、28歳のときに記憶力の良さを見込まれ、『帝紀』『旧辞』などの歴史書の誦習を命ぜられたとされる人物でもある。

『古事記』の編纂の際は、稗田阿礼が暗唱する物語を太安万侶が筆録するという方法が取られた。

私はここに歴史のダイナミズムを感じる。すなわち、人類が「知」を求めて読み書きをすることが出来るようになったこと自体、人類が更なる次元へステップアップしたここを意味すると実感した。

文字が発明され、文字にて「知」を蓄積し、自分たちの神話や歴史を次なる世代にしっかりと継承できるようになったことで、人類の歴史は大きく飛躍したのだと。

ちなみに『古事記』の中に登場する天皇と現在の皇室には連続性があり、同じ王朝つまり同じ血筋である。私は、今まで日本人が自分たちの歴史を大切に守って来たことを誇りに思い、これからも守り抜いていくことを確信している。

天長節祝賀の宮中で「君が代」が初めて披露される

1880年の11月3日、天長節(天皇誕生日)を祝う宮中で、初めて「君が代」が披露された。そう、今日「文化の日」は明治天皇の誕生日でもあるのだ。

もちろん「君が代」は日本の国家だが、法律で正式にそう決まったのは実は最近の出来事だ。

明治時代より事実上の国歌として演奏されてきた(そもそも原典は平安時代の「古今和歌集」のうた)が、法的な根拠が長らくなかった。そこで法制化が進み、1999年(平成11年)8月9日、「国旗及び国歌に関する法律」(国旗国歌法)が成立し、13日に公布され、即日施行されたのである。

「君が代」における「君」は、一般に天皇を指すと言われている。確かにそれも一つの事実ではある。

しかしながら「君」は、「君主」や「主人」を表したり、「あなた」という二人称であったり、広い意味のある言葉であり、必ずしも天皇をさすとは限らない。

現在では、「日本の悠久の繁栄や平和を願う歌」とされている。

矢野哲郎(やの・てつろう)平成3年、福岡県行橋市に生まれる。下関市立大学経済学部卒。大学卒業後は塾講師の仕事を行い、国語・数学・英語などの科目を担当。放課後などの時間帯を利用して学習指導を行う「子どもひまわり学習塾」の指導員として4校の小学校を担当。NGOピースボートが主催する地球一周クルーズに参加し、人種差別に関する企画やブラインドサッカーなど多様な自主企画を実施。

『僕がぼくであるために ピースボートで大東亜戦争のことを考えた』
出版社:花乱社 (2018/6/28)
内容紹介:
自分のスタイルを確立せよ!
色んなことを語ろう,学ぼう,世界を旅しよう。
ブラインドサッカー,尾崎豊・裕哉父子,ピースボートで出会った仲間たち,そして世界で初めて人種差別撤廃を訴えた祖国・日本から僕が学んだ人生のヒントとは?



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