【11月1日】オスマン帝国が滅亡した日/紅茶の日/点字の日

選報日本では「今日は何の日?」というコーナーを開始します。記念すべき最初の回は、11月1日です。

紅茶の日

紅茶の日は、江戸時代にロシアに漂流したことで知られる大黒屋光太夫にちなんだ記念日でもある。大黒屋光太夫は遠い異国の地で艱難辛苦の日々を生きてきた。

しかし、なんと時のロシア帝国の女帝・エカテリーナ2世に謁見を賜るまでになる。当時の日本は鎖国をしていて情報が限られており、日本出身者は重要人物だったためであろう。

1791年11月1日にエカテリーナ2世に謁見した大黒屋光太夫は、さらに茶会に招かれる栄誉も得た。これに由来し、「日本人が初めて海外の茶会で紅茶を飲んだ日」として、日本紅茶協会が1983年に11月1日を「紅茶の日」と定めた。

最近は冷え込んできたので、皆さんもこの記念日に温かい紅茶を淹れて飲んでみてはいかがだろうか。

点字の日

1890年のこの日、日本語用の点字が定められた。

それまでも点字自体は日本で使われていた。しかし日本語を点字で表す時は、欧米の点字に基づき、ローマ字にて表現されていた。

当時の視覚障がい者は、点字→ローマ字→日本語という二重の「変換」に苦労していたともいえる。

そこで、官立東京盲唖学校長の小西信八が、かな文字にあった点字の研究を盲唖学校の関係者に依頼。教員や生徒から3つの案が出された。それらを比較検討し、11月1日に開かれた「日本点字選定会」において、教員の石川倉次が考案した案が満場一致で採用されたのである。

最近は音声案内なども充実しているが、点字の重要性は今も失われていない。

オスマン帝国が滅亡した日

また記念日以外に歴史的な出来事を挙げるとすれば、1922年にオスマン帝国が滅亡した日として記録される。

1299年に建国された古い歴史を持つこの国は、16世紀のスレイマン1世の治世に最盛期を迎え、アジア・アフリカ・ヨーロッパの3大陸にまたがる大帝国を築き上げた。

しかし徐々にヨーロッパの国々に国力で逆転されはじめ、20世紀には「瀕死の病人」と揶揄されるまで衰退してしまっていた。

「瀕死の病人」にとどめを刺したのは、1914年に開戦した第一次世界大戦であった。オスマン帝国はドイツなどと共に、中央同盟国側として参戦する。しかし、イギリス・フランスなどの連合国を相手に敗戦。屈辱的なセーヴル条約を押し付けられる。

このセーヴル条約はトルコ人の居住地区すら他国に割譲ないし占領され、なおかつ多額の賠償金や軍備の縮小、財政の決定権を他国(イギリス・フランス・イタリア)に委ねるというものであり、独立国として到底は受け入れられないものであった。

さらには暴走したギリシア軍が停戦を無視して、オスマン帝国の領土を侵略。それに対して皇帝・メフメト6世はなんら有効な対策を講じず、それどころかイギリスの威を借って、自分の権力・私財を固持しようとする有様だった。

一方、軍人のムスタファ・ケマルはギリシア軍を相手に勇敢に戦い、セーヴル条約の撤廃に動いた。メフメト6世はムスタファ・ケマルに死刑宣告を出してこれに反対したが、国民の支持がどちらに傾くかは、火を見るよりも明らかだった。

1922年11月1日、トルコ革命が発生。ムスタファ・ケマルは議会をアンカラに召集し、帝政の廃止を宣言する。国民の支持を失ったメフメト6世に抗う術は無く、17日にイギリスの軍艦でマルタへ亡命した。

600年以上の長きに続いたオスマン帝国はついに滅亡。ムスタファ・ケマルが大統領に就任し、トルコ共和国が成立するに至る。

筆者は(大変失礼ながら)、私利私欲のために国民を見捨てたメフメト6世は、戦後も国民に寄り添ってくださった昭和天皇とは対照的な君主だと感じてしまった。

ちなみにオスマン王家は皇族としての地位は失ったが、一族自体は現在まで命脈を保っている。トルコ共和国建国後にオスマン王家には国外退去令が出されたが、のちに解除されたため、イスタンブールに戻った人物も多い。

現在のオスマン家の家長は1932年生まれのハルーン・オスマン氏。帝政廃止後の当主としては11代目にあたる。

下記の写真はララ・アドラ・オスマンオール氏。オスマン王家の末裔の一人であり、かつての大帝国の末裔としての気品と風格が漂っている。

ララ・アドラ・オスマンオール氏

矢野哲郎(やの・てつろう)平成3年、福岡県行橋市に生まれる。下関市立大学経済学部卒。大学卒業後は塾講師の仕事を行い、国語・数学・英語などの科目を担当。放課後などの時間帯を利用して学習指導を行う「子どもひまわり学習塾」の指導員として4校の小学校を担当。NGOピースボートが主催する地球一周クルーズに参加し、人種差別に関する企画やブラインドサッカーなど多様な自主企画を実施。

『僕がぼくであるために ピースボートで大東亜戦争のことを考えた』
出版社:花乱社 (2018/6/28)
内容紹介:
自分のスタイルを確立せよ!
色んなことを語ろう,学ぼう,世界を旅しよう。
ブラインドサッカー,尾崎豊・裕哉父子,ピースボートで出会った仲間たち,そして世界で初めて人種差別撤廃を訴えた祖国・日本から僕が学んだ人生のヒントとは?


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