【懸賞檄文】最優秀賞に川井正彦氏「日本に求められること」

義挙50周年プロジェクト実行委員会は、公募した「懸賞檄文」の審査結果を公表した。最優秀賞は福岡市在住の川井正彦氏が受賞。以下に全文を掲載する。

日本に求められること/川井正彦

令和2年は、三島由紀夫、森田必勝両烈士没後50年にあたる。また、本年は、戦後75年という節目でもあり、時代の転換期やもしれない。

日本国において75年というのは、これまで2度にわたって大きく変革した年であり、150年前においては明治維新という近代日本が成立し、現在の日本の原型ができた時でもある。

ただし、明治維新がすべて今の日本国にとって良かったか否かは些か疑問である。

また、75年前に大東亜戦争に敗戦という形で幕を引き、米国を中心とする連合国によって、明治維新後この国が守ってきた考え方を大きく転換させられる結果となった。

それは、大日本帝国憲法を排し、日本国憲法という、ある意味屈辱的な憲法を押し付けられる結果となった。

特に、憲法第9条は、国家として甚だ認めがたい内容で、国家というものが絶対的堅持をしなければならないという国防の根幹を揺るがすに至った。大東亜戦争敗戦後、帝国陸海軍は完全に解体され戦力一切を保持しないとし、国防の備えだけでなく意識すらをも壊滅させる結果となり、国家として骨抜きにされた。

国民にとっても、自由と民主主義の幻想を抱かされ、国防なるものが国家を危ぶませるものと幻想を植え付け、警察予備隊、保安隊を経て、自衛隊という組織を生み出したにもかかわらず、これを明確に認めようとせず、ある意味自衛力というものを無意味で危険かのような存在に追いやってきた。これも、連合国総司令部の意図的な日本国の解体であり、それをおざなりに受け入れ、何一つ変化を求めない姿勢に陥ったことは、この国の悲劇と言わざるを得ない。

国防というものは国家における根幹であり、国家が国民を守るということは必要不可欠で、これをなおざりにすることは国家を捨てることにも等しいと言っても過言ではない。

左翼勢力は、今なお憲法9条を堅持することによって、日本国の平和が75年にわたって守られてきたなどと夢うつつ、幻想を後生大事に抱き続けている。

しかし、大東亜戦争終戦から75年、世界の情勢は大きく変化した。

特に、中華人民共和国の台頭は目覚ましく、アジアならずも、また世界をも席巻しようとたくらんでいる。

加えて米国は、一国主義という名の下の世界秩序を変えるかのような状況をつくりだし、世界中に不安定要素が蔓延している。

これは、東アジア情勢を見ても明らかである。北朝鮮は、共産主義の皮を被った絶対王政で、金一族が三代に渡り朝鮮人民を苦しめている。韓国はまた北朝鮮と組するような曖昧な姿勢を見せ続け、対日強硬路線を貫き、場合によっては我が自衛隊を威嚇するような信じられない暴挙に出、東アジアを不安定なものにしつつある存在で、日本にとっては由々しきものである。

ロシアも、皇帝プーチンを生み出し、かのロシア帝国の復活を思い起こさせるような独善的な大ロシア主義を標榜し、拡張主義に走りつつある。当然の如く北方領土は今なお不法占領され、我が国は蹂躙されたも同様である。

このような国際情勢下において、我が国が平和憲法なる幻想的存在を堅持し、生き残ることはできるのであろうか。

今こそ三島由紀夫、森田必勝両烈士が訴えたように、この国は甦るためにも憲法第9条なる亡国憲法を排し、自らが自らによってこの国を守る国軍をつくり出さねばならない。

ただし、我々は50年前の状況とは違い、自衛隊が治安出動名目で決起するような形での国家の変貌を望むことはできない。現に、自衛隊は、私生児であるという一面を持ちながら、国民から認められた存在となりつつある。

故に、今こそ憲法改正を行い、憲法第9条を大幅に書き換え、国軍たる自衛隊を容認し、確固たる地位をつくりだし堅持しなければならない。

そのためにも、我々国民が目を覚まし、国家と真っ直ぐに向き合う必要がある。国家と向き合い、あるべき姿を求め、行動を起こさねばならない。そのためには、我々国民も信念と覚悟を持ち、いかなる困難をも乗り越えねばならず、このことを成就させるためには命をも懸ける志がなくてはならない。言葉でいうだけではなく行動で示すべきだ。

言葉で言うだけは国会議員の専売特許で、我々がそれと同様の存在であれば、この国は滅ぶと言っても過言ではない。故に、その国会議員たちに我々国民が明確に意思を示すべき時が来たと言えるであろう。

現在の日本国民は、参政権、とりわけ選挙権なるものが、あって当然かのように思っている。75年前の敗戦を迎えるまで、この国には普通選挙なるものが存在しえなかった。それが、敗戦に伴い連合国総司令部という、奇しくも敵方の外圧により普通選挙が当たり前のように実施されるに至った。

このことを鑑みれば、我々現在の日本国民が参政権を当たり前のように有していると思っているが、現在に至るまで、自由民権運動にはじまり、大東亜戦争における310万余の尊い人命とその血によって築かれた大いなる遺産なのである。

その点を忘れ、政治が信頼できないなどと言い、恰も参政権、選挙権を放棄し、国を危ぶませる行為を行っても恥じることのない国民性をつくりだした。今こそ、このような危険且つ曖昧な風潮を打破し、堕落した政体を正さねばならない。そのためにも志あるものが命をぶつけてもこの国の変革を望まなくてはならず、今こそ我々は言論において決起せねばならない。

これまで国防に焦点を置き国防の重要性を述べてきたが、国防のみでこの国が存立するわけではない。

この国にとって最も重要であり、大切に堅持せねばならないものがある。それは国体であり皇室そのものである。我々日本国は天皇陛下をいただき、天皇陛下の下でこの国は成り立っているのである。故に、国体の護持は絶対的日本におけるもっとも重要なことであり、現在において脈々と皇室が2680年にわたり、続いていることこそが日本の証である。

政体が如何に変わろうとも国体は一切変わることがなく、天皇陛下がおわすことこそが、我々臣民が平安な営みができるという事実に繋がるものである。故に、皇室はこれからも脈々と変わることなく存在していただかなくてはならない。

このところ不敬な物言いをするものが横行している。一般国民の間において男女差別などあってはならないという向きも広がりつつあり、それ自体は国民における意識としてはある一定容認すべきとも思うが、このことを皇位継承において述べる者がいることについては断固許し難いものであり、皇位継承は単なるお代替わりではなく、皇室の基礎をなすもので、万世一系の大原則を堅持せねばならない。

そのためには、皇位継承は男系男子とせねば、この国における皇室の存在を危ぶませる由々しき事態となりかねない。仮に、過去の歴史において女性天皇の存在は否めないが、あくまでも男系維持の下、女性天皇という存在があったにすぎず、男系男子の皇位継承を続けることに何ら疑問を呈するものではない。

我々国民がそのことを忘れ、単なる現代的風潮に流され、日本国における根幹である国体の護持、また皇室の普遍性を危ぶませるような言動については言語道断であり、これを排すは国民のあるべき姿であり、臣民である我々が担うべきことと言わざるを得ない。この国体の護持は、わが国において最も重要であり、これこそが日本国そのものであることと我々は肝に銘じ、存在しなければならない。

この2点について、私は如何なる状況があったとしても命を懸けてつくり出すべきものと信じてやまず、これこそが三島由紀夫、森田必勝両烈士の意志を継承することになると固く信じるものである。

(川井正彦)

▽引用元:福岡黎明社公式サイト
reimeisha.jp

  1. 【2/19より】映画『めぐみへの誓い』全国で順次公開
  2. 【1月29日】フリーランスが集客するための情報戦略講座

公式SNSで配信情報をお届け!

twitter

facebook

Instagram

youtube
PAGE TOP