世界一周「ピースボートに乗って人生が変わった」若者たちの証言とは

私は5年前、ピースボート88回クルーズ(2015年8月~12月)に参加しました。クルーズ中に歴史や政治の話をする際は、シニア世代の方たちが相手であることが多かったです。しかしもちろん、若い人とも話をする機会は何度もありました。

特筆したいのはCC(コミュニケーション・コーディネーター:通訳やツアーの引率スタッフの仕事などを担当)の丈です。

丈はオーストラリア出身のお父様と日本出身のお母様を持ち、9歳の時からラグビーを続けている行動力溢れる若者。数少ない歴史に興味を持つ若者同士であり、同じ福岡出身ということもあって、気の合う仲間の一人です。

ラグビーはオーストラリアでも大人気のスポーツですが、丈は幼いときから日本とオーストラリアを行き来する中で、「知らないことをもっと知りたい」という気持ちを強く抱きます。それは日本にいるときはオーストラリアのことを聞かれ、逆にオーストラリアにいる際は日本のことを聞かれたからです。

私もいろんな国に訪れた際に感じたのですが、行っただけでは「既成事実」を作っただけに過ぎません。もちろん「既成事実」だったとしても、思い出話としては価値があることです。しかしそれでは、何かを学んだことにはなりません。

その土地にどのような歴史・文化があるのかを勉強することによって、「気づき」が生まれます。丈や私が大切にしているのは、その「気づき」なのです。

例えば丈がイタリアのシチリア島でツアー案内をした際、よく勉強している乗客から火山についての鋭い質問が飛んできたことがありました。また現地の市長の複雑な話を通訳するという難しい局面もありました。

しかし丈は動じることなく、日本列島とシチリア島の共通点をうまく比較しながら説明を行ったり、シチリアの地形・歴史に関する知識を活かして市長の考えを更に引き出す翻訳をしたり、うわべだけでなく中身のある仕事をしました。

こうしたレベルの高い仕事をするには、まずは前段階として「気づき」がなくてはなりません。

またこれは私の持論なのですが、真のグローバル社会とは、なんでも国際基準に合わせるのではなく、それぞれの国が自国の歴史や文化に誇りを持ち、互いに尊重し合うべきものだと思います。

丈もそう考えている様で、まずは自分の国(私にとっては日本、丈にとっては日本とオーストラリア)について知り、その上で他国のことを知ることが重要になってきます。

例えば丈は、NAATI(オーストラリア翻訳・通訳資格認定機関)というオーストラリアの国家資格を持っています。このNAATIは難関で、20代前半の若者がそう簡単に取れる資格ではありません。丈が若くしてこの資格を取得できたのは、試験において「養蜂」について的確な答えを出せたからです。

実は丈はクルーズでクロアチアを訪れた際、養蜂について現地の方から説明を受けていました(クロアチアは環境保全のために養蜂に力を入れている国)。蜂は植物の受粉を促しており、蜂の数が減れば自然界は大きな影響を受け、穀物の生産も激減します。そうなれば当然、人類の生活にも多大な悪影響を及ぼします。

丈はそのことをしっかりと覚えており、自分の考えとして昇華していました。その結果、見事に試験に合格しました。他国で学んだことを、自国の国家資格の取得に見事に役立てたのです。

そんな丈と対話し、改めて感じました。人間にとって大切なのは、どこに行くか・どこにいるかという表面的なことではない。何を考え、何を行うかという内面的なことだと。

私は2018年に日本語教師の養成講座を修了し、資格を取得しました。今は日本語学校でベトナムやネパール、スリランカの学生たちに日本語を教える仕事をしています。

日本語教師になろうと決心したのは、東京オリンピック・パラリンピックを見据えたことでもあります。

しかしやはり、丈たちCCの仕事をしていたみんなの影響があったのは間違いないでしょう。

日本語教師の仕事では、クルーズ中に学んだことを活かして例文を作るなどして、学生たちに日本語を教えています。私もまた、他国での学びを自国語を教えることに活かしているのです。

丈は現在、東京で通訳とは別の仕事をしていますが、今後は発信者として人に教えることもしたいと語ってくれました。

いつか丈と一緒に講演や通訳などの仕事をできることを楽しみにしています。

(編注:この文章はインタビューを踏まえ、矢野哲郎著『僕がぼくであるために』の第4章を大幅に加筆・修正したものです)

『僕がぼくであるために ピースボートで大東亜戦争のことを考えた』
出版社:花乱社 (2018/6/28)
内容紹介:
自分のスタイルを確立せよ!
色んなことを語ろう,学ぼう,世界を旅しよう。
ブラインドサッカー,尾崎豊・裕哉父子,ピースボートで出会った仲間たち,そして世界で初めて人種差別撤廃を訴えた祖国・日本から僕が学んだ人生のヒントとは?

矢野哲郎(やの・てつろう)平成3年、福岡県行橋市に生まれる。下関市立大学経済学部卒。大学卒業後は塾講師の仕事を行い、国語・数学・英語などの科目を担当。放課後などの時間帯を利用して学習指導を行う「子どもひまわり学習塾」の指導員として4校の小学校を担当。NGOピースボートが主催する地球一周クルーズに参加し、人種差別に関する企画やブラインドサッカーなど多様な自主企画を実施。近著『僕がぼくであるために ピースボートで大東亜戦争のことを考えた』(花乱社)





関連記事

  1. こんな時代だからこそ知っておきたい ダライ・ラマ法王による7つの金言

  2. 戦後日本に真の「自由」は存在していなかった

  3. 『幻想の√5』著者に聞く(後編)オウム事件を終わったことにしてはならない理由

  4. 戦後最大の宗教テロ組織 オウム真理教とは何だったのか?

  5. ペットの餌には軽減税率が適用されない!?「せめてカリカリだけでも」

  6. #もともと残酷で有名だった 小坪慎也市議が戦い続ける理由(2)

  7. 私のヒーロー・中村俊輔選手「イクメンなんて言葉、おかしくないか?」

  8. 日本人が知らないチベットの真実!「ダライ・ラマ声明」の半世紀とは

  9. 中国・上海で二人暮らしするのに必要な収入はいくらか計算してみた

PAGE TOP