父から息子へ受け継がれる尾崎豊の魂「自分のスタイルを持って生きよう」

大学生になって尾崎豊の長男・裕哉さんを偶然テレビで見ました。父親と瓜二つの歌声。物心つく前の父親との別れ。亡き父への思い。私はびっくりしました。

尾崎に息子さんがいたのは知っていましたが、まさかこんなにそっくりだったとは。そして自分のたった1歳しか違わない年齢だったとは。

私も中学生の頃に父を亡くしたから、裕哉さんの気持ちが少しだけ分かります。亡き父への想いを胸に自分らしく行動している姿に心から憧れました。私は自分の一歳年上の裕哉さんに対して尾崎豊の姿だけでなく、自分自身の姿も重ね合わせていたのかも知れません。

その当時の気持ちは、下記の新聞の投書に書きました。

 「I LOVE YOU」などのヒット曲で知られ、26歳でこの世を去った歌手、尾崎豊。生きていれば今年(2013年)でデビュー30周年だった。亡くなって20年以上たつが、数々の名曲は今も歌い継がれている。天国の父も彼が大好きだった。
 しかし、過激な歌詞は度々批判される。最近は「独り善がり」と非難する若者も多い。だが、これは表面的な評価ではないか。尾崎はバイクを盗んだり、窓ガラスを割ったりすることを推奨しているわけではない。彼はおそらく「自分のスタイルを持て」と言いたかったのだろう。彼の歌は他人に流されるのではなく、自分の人生を生きろという強いメッセージなのだと思う。私は彼の歌に勇気をもらった。
 尾崎の長男、裕哉さんをテレビで見た。歌声が父親そっくり。亡き父への思いを抱きながら、自分らしく行動していることに心から憧れた。私は尾崎親子と天国の父に報いるために、自分のスタイルで生きていきたい。他人に流されるのではなく、自分自身の人生を生きていきたい。
(2013-1-27毎日新聞 一部加筆修正)

この投書が載ったあとも、当然尾崎の曲はよく聴いていたし、裕哉さんがテレビに出るときは観ていました。2015年に参加したピースボートクルーズでは、「尾崎豊ファン集まれ」のような企画をしたり、カラオケで彼の歌を歌ったりしました。洋上紅白歌合戦で『15の夜』を歌ったのも良い思い出です。

紅白歌合戦のとき、『15の夜』のパフォーマンスがきっかけで仲良くなったシャングリラという女性が私に大切なことを教えてくれたことは第4章に書いています。彼はもうこの世にはいませんが、今でも私の人生に大きな影響を与えてくれているのです。

2016年3月9日、尾崎裕哉さんのライブを観に行きました。まさかあんなに早く会えるとは思ってもいませんでした。26歳。父親が亡くなったのと同じ年齢になった裕哉さんは本格的に音楽活動を開始したのです。

この『WITH YOU/HIROYA OZAKI』大阪公演に、私は父の形見である時計を身に着けて向かいました。裕哉さんはここぞという場面で父親の形見である金のブレスレットとネックレスを身に着けると新聞のインタビューで言っていました。「父がいっしょにいる感じがして、安心するんです」という言葉の意味は私もよく分かります。

もちろんこの話を知らなかったとしても、私は父の形見の時計を着けて行ったと思います。しかしまた私と裕哉さんの共通点を見つけることができました。

ステージに登壇した彼の姿は「今どきの若者」といった雰囲気。

歌声は父親よりも優しい感じだけれども、歌声に力を込めたときに父親そっくりになっていました。何より、時折見せるはにかんだ表情が父親そっくりでした。例えば、『卒業』のライブでピアノ台から立ち上がるあのシーンのように。

前述の通り私も中学生の頃に父を亡くしたから、裕哉さん自分なりに少しは分かるつもりです。私はクルーズが終わって日本に戻ってから、将来について思い悩んでいました。そんな中私は、自分の一歳年上の裕哉さんに対して尾崎豊の姿だけでなく、自分自身の姿も重ね見たのです。

裕哉さんのステージを観て、将来について思い悩む気持ちは吹っ切れました。私は私のできることを、したいことをすればいいのです。そして彼は私と天国にいる尾崎豊さん、そして私の父に引き合わせてくれたのです。

「尾崎さん、ご子息はまっすぐに育っておいでですよ。父さん…俺、頑張るよ!」

この時の大阪での決意が、執筆活動の大きな原動力にもなりました。

(編注:この記事は、矢野哲郎著『僕がぼくであるために ピースボートで大東亜戦争のことを考えた』第3章から一部抜粋したものです。)

『僕がぼくであるために ピースボートで大東亜戦争のことを考えた』
出版社:花乱社 (2018/6/28)
内容紹介:
自分のスタイルを確立せよ!
色んなことを語ろう,学ぼう,世界を旅しよう。
ブラインドサッカー,尾崎豊・裕哉父子,ピースボートで出会った仲間たち,そして世界で初めて人種差別撤廃を訴えた祖国・日本から僕が学んだ人生のヒントとは?

矢野哲郎(やの・てつろう)平成3年、福岡県行橋市に生まれる。下関市立大学経済学部卒。大学卒業後は塾講師の仕事を行い、国語・数学・英語などの科目を担当。放課後などの時間帯を利用して学習指導を行う「子どもひまわり学習塾」の指導員として4校の小学校を担当。NGOピースボートが主催する地球一周クルーズに参加し、人種差別に関する企画やブラインドサッカーなど多様な自主企画を実施。近著『僕がぼくであるために ピースボートで大東亜戦争のことを考えた』(花乱社)





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