台湾民主化の父・徐復観が唱えた「儒教にこそ民主主義があった」の真意とは

現在の中国大陸は、中国共産党の一党独裁によって支配され、その覇権主義は周辺諸国まで脅かしている。しかし、かつて共産党と争い台湾に逃れた中国国民党の中には、日本の明治維新に学び「儒教」を柱とする革命を目指した人々もいた。

その一人が、台湾の偉大な思想家として知られる「徐復観」である。

「新儒家」とも呼ばれ、「儒教にこそ民主主義があった」と唱えた徐復観とはいかなる人物だったのか。それを知ることのできる台湾の大著を邦訳した緒形康氏に話を聞いた。

『儒教と革命の間──東アジアにおける徐復観』訳者・緒形康博士インタビュー
文・構成:選報日本 編集主幹 本山貴春

帝国陸軍に学び、国民党軍の将軍へ。

徐復観(じょ・ふくかん)は、台湾における民主主義の父といわれています。西暦1949年、蒋介石とともに大陸から台湾へ渡った有力者の一人です。

1930年、27歳のとき日本へ留学し、明治大学にて経済学を専攻。その後、市ヶ谷の陸軍士官学校に進みます(転学)が、1931年の柳条湖事件に抗議し、除籍(強制退学)となります。

日本留学中に、日本語訳された西洋の書物を買い、自由と民主主義の概念を知ることになりました。しかし文筆活動に入った時期は意外に遅く、1932年に帰国してからは軍務に就きます。

その後、国民党軍の士官として活躍。この間、軍命により延安にまで赴き、国民党軍の連絡参謀として毛沢東とも出会い、共闘したといわれています。日本が連合国に無条件降伏した1945年の翌年、陸軍少将にまで上り詰めて志願退役しました。

台湾へ渡り、教鞭をとる。

1949年に台湾へ。その頃から大学で教鞭をとるようになりました。1952年には台中の農業学校(台中省立農学院、後の東海大学)の責任者となり、大量の文章を書いています。

『華僑日報(1925年、香港で創刊)』の専属記者としても知られ、「この人で部数が増えた」と言われるほどの人気でした。戦後も3回来日している知日派でもあります。

徐復観が発表する文章には国民党に対する「政権批判」もありました。

儒学者として、「儒教にこそ民主主義があった」とも唱えています。徐復観がよく使った「憂看意識」という言葉があります(憂看=心配する)。古代中国の周王朝が建国された当初の、指導者たちの気持ちを表した言葉です。

徐復観はこう述べています。

周のひとびとは殷のひとびとの命運を断ち切り、新しい勝利者となったが、周の初めのドキュメントに表れているのは、けっして民族が勝利したあと訪れるのがふつうな高揚した気分ではなく、『易伝』(儒教の書物)が述べたような「憂看意識」であった。

(中略)憂看の心理は、政権の担当者が吉凶成敗にかんして深く思索したさいの長期的な視野から生まれた。こうした長期的な視野には、吉凶成敗が政権の担当者の行為と深い関係を持つこと、政権の担当者がその行為において負うべき責任が表現されているのがふつうであった。

これが民主主義のもとであり、民衆の生活を考える儒教の本質であるというわけです。見えないものを見ようとする営為ともいえます。

私が訳した『儒教と革命の間──東アジアにおける徐復観』には、徐復観の略年譜や代表的な論文も付けました。論文の中には、蒋介石への「諫言」もあります。

明治維新に学んだ革命家たち

中国では、日清戦争での敗北をきっかけとして政治改革が始まりました。

実はそのとき、改革に儒教の考え方を使おうという発想もあったのです。それは日本の明治維新を参考にしたものでした。「孔子は革命家だ」という徐復観の思想は、台湾に大きな影響を与えました。

『儒教と革命の間──東アジアにおける徐復観』(原題:東アジア儒教の視界における徐復観とその思想)の著者は黄俊傑(コウ・シュンケツ)氏です。

黄俊傑氏は18歳のときに徐復観に出会い、それがきっかけで中国思想史を志したといいます。本書には「黄俊傑氏の将来を決めた徐復観の書簡」の写真も掲載しています。

台湾でベストセラーになった歴史ノンフィクション『台湾海峡一九四九』(龍應台著)でも、徐復観と殷海光(イン・カイコウ)が「台湾民主化の父」として描かれています。

現在、台湾の公用語は北京語ですが、福建語(台湾語)が事実上の共通語になっています。公教育でも台湾史が必修となり、自らを中国人ではなく「台湾人」と認識する人が増えています。危機の時代を歩んだ台湾人の歴史を、ぜひ日本人にも知って欲しいと思います。(談)

書名:儒教と革命の間
副題:東アジアにおける徐復観
著者:黄俊傑
訳者:緒形康
発行:集広舎
四六判/432ページ/上製
価格:2,750円+税

徐復観(じょ・ふくかん)1903年生まれ。思想史家。30年、日本に留学し、明治大学と陸軍士官学校にて学ぶ。32年に帰国、軍務に就き、43年に蔣介石の知遇を得る。49年の台湾移住後、儒学研究に打ち込み、新儒家の代表的思想家の一人となる。著書に『両漢思想史』『中国思想史論集』『中国芸術精神』など。82年没。

著者:黄俊傑(コウ・シュンケツ)1946年、台湾高雄生まれ。国立台湾大学歴史系卒業。 Ph.D(ワシントン大学歴史学部)。研究対象は東アジア儒教、戦後台湾史。国立台湾大学歴史系主任をへて、同大学に人文社会高等研究院を創設、院長に就任、東亜儒学研究中心主任を兼務。2017年1月、国立台湾大学を退任後、台湾大学特聘講座教授、文徳書院にて講学活動を続ける。その著書は編著を含め50冊を超えるが、邦訳に『東アジア思想交流史──中国・日本・台湾を中心として』(藤井倫明・水口幹記訳、岩波書店、2013年)、『徳川日本の論語解釈』(工藤卓司訳、ぺりかん社、2014年)、『儒家思想と中国歴史思惟』(工藤卓司監訳、池田辰彰・前川正名訳、風響社、2016年)などが、 最新の著書に『東アジア儒家の仁学史論(東亜儒家仁学史論)』(台北:国立台湾大学出版中心、2017年)がある。

訳者:緒形康(オガタ・ヤスシ)1959年、大阪府生まれ。東京大学教養学部教養学科卒業。文学博士(東京大学)。研究対象は中国近現代思想史、日中思想交流史。現在、神戸大学大学院人文学研究科教授。著書に『危機のディスクール──中国革命1926~1929』(新評論、1995年)、編著書に『現代中国と市民社会──普遍的《近代》の可能性』(勉誠出版、2017年)などがある。

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