「ビルマのゼロファイター」と呼ばれる男 未だ終わらぬ2つの戦争とは

令和元年7月末、井本勝幸・荒木愛子共著による『帰ってきたビルマのゼロ・ファイター ミャンマー全土停戦と日本兵遺骨収集の記録』(集広舎)が刊行された。制作に携わった立場から、本書の見どころについて解説したい。

大反響を呼んだ前著『ビルマのゼロ・ファイター ミャンマー和平実現に駆ける一日本人の挑戦』(集広舎)が刊行されたのは平成25年。それから約6年を経て、待望の続刊となった。

この間、井本勝幸氏の活躍はテレビや新聞で大きく報道されてきた。普段ミャンマー国内で活動する井本氏は殆どの取材要請を断ってきたが、それでもNHKなど大手メディアが井本氏を追った。

井本勝幸氏とは

この本の主人公である井本勝幸氏とは一体どのような人物なのだろうか。年齢は、現時点で50代半ば。福岡市出身で、日蓮宗系の立正大学を卒業後、日本ボランティアセンター(JVC)に所属し、ソマリアやタイ・カンボジア国境での難民支援に従事。

さらに28歳で出家し、僧侶となる。日蓮宗の大本山・池上本門寺で修行した後、実家である福岡県朝倉市の四恩山報恩寺副住職に就任。その際、アジアの仏教国20カ国を繋ぐ互助ネットワーク「四方僧伽(しほうさんが)」を結成した。

▽一般社団法人四方僧伽
https://catuddisa-sangha.org

さらに平成23(西暦2011)年には一人ミャンマー入りし、危険地帯とされる反政府少数民族支配地域に潜入。そこで少数民族ゲリラの頭目たちと交渉し、バラバラだった少数民族をまとめる「統一民族連邦評議会(UNFC)」を設立、同コンサルタントに就任。

そして西暦2015年には、ミャンマー政府と少数民族武装勢力との間で「全土停戦」が実現した。ただし、この停戦協定に参加していない中国系武装勢力もあり、それ以降も予断を許さない状況が続いている。

ともあれ、単身で和平を仲介したことで井本氏はミャンマー政府・国軍・少数民族らから感謝されることになった。彼らミャンマー人が感謝の印に井本氏にもたらしたのが、旧日本軍将兵の遺骨に関する情報だったのだ。

(ミャンマー全土停戦への経緯については、前著『ビルマのゼロ・ファイター ミャンマー和平実現に駆ける一日本人の挑戦』に詳しい)
https://amzn.to/2GsBFis

少数民族が発見した日本兵の遺骨(井本勝幸氏提供)

井本氏に密着取材した九州朝日放送

新著『帰ってきたビルマのゼロ・ファイター ミャンマー全土停戦と日本兵遺骨収集の記録』の共著者である荒木愛子女史は、井本氏の現地活動に同行を許された数少ないメディア関係者だ。

井本勝幸氏(左)と荒木愛子KBCディレクター(右)

井本氏の出身地でもある福岡県のローカルテレビ局・九州朝日放送(KBC)の報道番組ディレクターとして、荒木愛子女史は戦後70年企画に井本勝幸氏の日本兵遺骨収集活動を取り上げることを思い立った。すでにその頃、井本氏の活躍は各メディアで報道されていた。

しかし現在も危険地帯とされるミャンマーの少数民族支配地域へ日本メディアが入った例は少ない。本書には、日本と比べようもなく社会インフラが未発達なミャンマー国内で苦心する取材陣の冒険も活写されている。

荒木ディレクターらの取材は足掛け3年に及び、合計3本の番組が制作され、全国テレビとラジオで放送された。その番組制作を通じて制作陣は井本氏に密着するだけでなく、日本国内の日本軍元将兵や遺族に独自取材を行うなど、情報収集も行なっている。

荒木女史が本書執筆に参加した意義は大きい。ともすれば、井本勝幸氏の行動は一般的な日本人の常識からかけ離れている。井本氏は前著でも、そのような行動をとる理由を多くは語っていない。しかし本書では荒木女史の視点を借りることで、それがよくわかるのだ。

井本勝幸氏がミャンマーで活動する理由とは

荒木ディレクターの問いかけに対し、井本氏は次のように答えている。

「私自身はもともと仏教の坊さんですが、和平活動・少数民族支援をやるのが本当の坊さんの仕事じゃないのかなというのが一つですね。もう一つは、NGO活動も長いものですから彼らの窮状を見ていると、同じ人間として、やっぱり間違ったことは間違っているし、正しいものは正しい。彼らにはそれを主張したり行動したりする機会が極めて少ない。しかし僕たち日本人にはそういった自由がある。僕自身はたくさんの仲間がすでに死んでいますので、彼らを弔うためにも、そしてこれからの世代を担う子供たちもいますんで、私自身はこの命をお布施していいという風に決断して今があるんです」

「現地の人達と旧日本軍のビルマ戦線について話をしていると、私達は戦後育ってきた世代ですけども、日本で教育を受けたほどには悪い風には言われないんです。逆に日本がこのビルマを独立に導いてくれたんだと。日本が来なかったら独立できなかったという視点というのは僕にとっては衝撃だったんです。あるいは今、遺骨調査を行っているインパールのそば、インド国境の方になりますが、あちらの地元の人たちからも、インドの独立はやはり日本が来なかったらありえなかったんだと。ですので、人と人が殺し合う戦争はよくありませんが、日本の兵隊さんたちは決して無駄死をしたのではないし、この地域の歴史を作ってきた人たちなんです。そういう日本人が、かつてここに来ていたということを知って、今同じ日本人としてこの時代に僕らが生きていることをきちんと知る。そして、僕たちはこの国のために何ができるのか、ひいては日本人としてどう生きていくのか。さらに、同じ日本の次の世代にどういう歴史を残していけるのか。そういうことが大事だと思います」

(『帰ってきたビルマのゼロ・ファイター ミャンマー全土停戦と日本兵遺骨収集の記録』より)

この言葉は、KBC取材陣の制作における指針になったのだと、荒木女史はいう。

あてにならない日本政府

ミャンマー政府や少数民族らの協力で可能になった日本兵遺骨収集だが、法的責任を負うはずの日本政府の腰は重かった。

井本氏は日本国内の協力者らとともに外務省などに長年働きかけたことで平成26年には「戦没者の遺骨収集の推進に関する法律」が制定され、予算もついた。

そもそも遺骨収集は政府にしか許されていない。井本氏らがミャンマー人に遺骨の場所を教えられても、そこを掘り返すことも法的にはできないのだ。本書には遺骨収集を巡る井本氏らと日本政府の鞘当てが克明に記録されている。

最終的に井本勝幸氏は

「国には見切りをつけました。国の事業から撤退します」

と衝撃の宣言を行う。実は、この時の井本氏の横顔が本書の表紙になっている。

国の事業から撤退することを決めた井本勝幸氏(KBC提供)

その後、井本氏は福岡市を拠点とする「日本ミャンマー未来会議」を設立。民間企業とミャンマーのビジネスを橋渡しすることで、寄付に依存しない活動資金の捻出に動き出したのだ。

▽一般社団法人日本ミャンマー未来会議
https://teamimoto.jp

日本の未来を見つめる井本勝幸氏

本書の制作中、井本勝幸氏と直接話をする機会があった。講演を聴くことは何度かあったが、一対一でお会いするのは初めてだった。帰国中の井本氏は各所に引っ張りだこで、中々アポイントは取れないのだ。

そのとき聴いた話は衝撃的なものも多く、著書や報道でわかる井本氏が氏のごく一面に過ぎないことがわかった。

井本氏は単に「困っている人がそこにいるから助けに行く」という単純なヒューマニズムだけで動いているわけではない。井本氏は戦後ますます内側に引きこもるドメスティックな日本国と日本人を憂えていた。

中国を巡る東アジアの国際情勢や、数百年にわたって植民地支配を続けてきた白人諸国との関係、かつてアジアで戦い帰国できぬ日本軍将兵の思い、そして何より、若き日本人の未来を見据えて行動していたのだ。

井本氏の行動範囲はミャンマー国内だけではない。まさに東アジア諸国を股にかけて、その目は中国共産党に圧迫されるチベットやウイグル(東トルキスタン)にも向けられている。

自らできることを着実に一歩ずつ進めてきた井本氏の瞳は、50代ながら10歳の少年のように澄んでいた。

『帰ってきたビルマのゼロ・ファイター ミャンマー全土停戦と日本兵遺骨収集の記録』(集広舎)
たった一人でミャンマーの紛争地へ乗り込み、少数民族のゲリラ達と酒を酌み交わし、全土停戦へ導いた。その功績により、旧日本の遺骨の在処を知らされる。彼の地には、四万五千柱の英霊が祖国・日本への帰還を待っていたのだ。しかし遅々として動かない日本政府。その時、ゼロファイターと呼ばれる男が最後に下した決断とは?

本山貴春(もとやま・たかはる)独立社PR,LLC代表。北朝鮮に拉致された日本人を救出する福岡の会副代表。福岡市議選で日本初のネット選挙を敢行して話題になる。大手CATV、NPO、ITベンチャーなどを経て起業。

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