天安門事件を巡る日本政府の罪、「天皇陛下の訪中」で悪夢再び?

30年前の西暦1989年6月4日、中共(中国共産党政権)は民主化を求める数十万人の一般市民を武力で弾圧し、虐殺した。世にいう「六四天安門事件」(第二次天安門事件)である。

幻の「中国民主化」

当時、共産圏の盟主・ソ連ではペレストロイカと呼ばれる民主化政策が進められており、中共においても胡耀邦総書記が改革開放と自由化路線を打ち出していた。

しかし共産党独裁の権力減退を恐れた守旧派は胡耀邦を87年に失脚させ、胡は2年も経たずに急死する。天安門事件で弾圧された民主化デモは、胡耀邦の死をきっかけとしたものだったのだ。

戦車で市民を蹂躙

4月以降、民主化デモは中国全土に広がり、各地で学生と警官隊が衝突した。事態を重くみた共産党政権は5月に戒厳令を布告。厳しい報道管制を敷くとともに、地方から人民解放軍の戦車部隊を北京に集結させる。

そして6 月4日、天安門広場に集結していた市民らを射殺し、戦車で轢き殺したのだ。現在に至るも、中国国内では天安門事件に関する情報は封印されており、国民は事件について口にすることも許されない。そのため、実際の死傷者数は現在も不明である。

国際社会は非難一色、そのとき日本は…

各国では天安門事件の惨事が即時報道され、国際社会において中共に対する非難が高まった。G7(フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ)は中共との首脳会談を停止し、中共への武器輸出を禁止、世界銀行からの融資も停止するなど制裁を実施した。

中共は天安門事件によって国際社会で孤立するかに見えた。しかしこの窮地を救ったのが、日本政府だった。

事件の翌月、フランスで開催されたG7(先進国首脳会議)で参加国が中共による残虐行為を非難する中、宇野宗佑総理は「中国を国際的に孤立させない」という方針を打ち出し、翌年には海部俊樹総理が対中円借款の再開を表明、西側首脳としては事件後初めて訪中した。

親中派が「天皇陛下を政治利用」

さらに、西暦1992(平成4)年8月、中共は日本政府に対し天皇陛下(現在の上皇陛下)の訪中を要請。宮澤喜一内閣は日本国内の反対を押し切って要請を受け入れ、10月に天皇皇后両陛下が訪中された。天皇陛下の訪中は史上初のことであった。

西暦2019年4月30日、中共政府系ニュースサイト「中国網」は、平成4年の訪中について「中日関係改善に極めて重要な役割を果たした」と絶賛している。

江沢民政権の外交を担った銭其琛(セン・キシン)副首相は、自身の回顧録で「日本は(中国に制裁する西側諸国で)最も結束が弱く、天皇訪中は西側諸国の対中制裁の突破口という側面もあった」などと証言した。

西暦1997年に江沢民が訪米しクリントン大統領と会談、翌年にはクリントンも訪中し、西側諸国による対中制裁は解除されていった。

トランプ政権は対中制裁を開始

そして西暦2018年以降、米中貿易戦争とも言われる相互追加関税による対立が再燃。米国は、中国人民解放軍系列ともいわれるファーウェイとの取引停止を同盟国にも求めるなど、対中経済制裁が国際的広がりを見せている。

今年5月30日には米国務省の報道官が六四天安門事件について「平和的に抗議活動をしていた人々に対する徹底した虐殺行為だった」「罪のない命が失われた痛ましい事実を忘れない」などと発言している。

再び「嫌なシナリオ」?

国際戦略家で、一般社団法人自由インド太平洋連盟副会長を務める石井英俊氏は6月2日、自身のSNSに次のように投稿した。

まさか無いと信じたいが、1つの嫌なシナリオについて触れておきたい。6月28日―29日に大阪であるG20に来る習近平と安倍総理が首脳会談を行い、天皇陛下の訪中要請があり、安倍総理がそれを受けるのではないだろうか。(践祚後)初の国賓がアメリカで、初の外遊が中国。外務省の考えそうなシナリオではないだろうか。

上皇陛下「中国訪問は、良かったと思いますか」

六四天安門事件後、中共政権の窮地を救った日本政府だが、平成10年に訪日した江沢民国家主席は宮中晩餐会の席上「近代史上、日本軍国主義は対外侵略拡張の誤った道を進み、中国人民とアジアの他の国々の人民に大きな災難をもたらした」などと発言。江沢民政権は中国国内で歴史歪曲による苛烈な反日教育を推進した。

平成12年、天皇陛下(当時)は訪中時の外務省アジア局長・池田維氏に対し「(自らの)中国訪問は、良かったと思いますか」と御下問になったという。池田氏は御下問の背景について、江沢民の宮中晩餐会における無礼な日本非難があったのではないかと推測している。
www.nippon.com

中国民主化を阻んだ日本の「平和外交」

六四天安門事件以降、国際社会で孤立を深めていた中共政権がもし民主化へ舵を切っていれば、こんにちのような軍事拡張政策もなく、ウイグル人やチベット人に対する弾圧も軽減され、より平和で自由な東アジアが実現していたかも知れない。

それを阻害したのが、自民党政権による「平和外交」と「天皇の政治利用」であったことを忘れてはならない。



『劉暁波伝』(集広舎刊)
余傑 (著), 劉燕子 (編集, 翻訳), 横澤泰夫 (翻訳)
度重なる拘束や監視にもかかわらず中国にとどまり続け、民主化を訴えた劉暁波とはどのような人間だったのか?! 最後まで彼と行動を共にした若手知識人作家による劉暁波の人生録。

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