西日本新聞の元記者が「近代軍事史」の本を書いた理由とは

中国軍の海洋進出や北朝鮮の核ミサイル開発を巡り、東アジア情勢は緊迫化している。そんな中、ジャーナリストで米中外交史研究家の竜口英幸氏が『海と空の軍略100年史—ライト兄弟から最新極東情勢まで』と題した書籍を刊行した。

竜口英幸氏は西日本新聞の記者、後に編集デスクとして報道に携わり、国際ニュース分析に関わるうちに米中外交史を追求するようになったという、異色の経歴を持つ。その独自の視点と、著書の狙いについて話を聞いた。

『海と空の軍略100年史—ライト兄弟から最新極東情勢まで』(集広舎)
著者 竜口英幸氏インタビュー
聞き手:選報日本 編集主幹 本山貴春

中国初の空母は、本当に日本の脅威か?

Q.まずは『海と空の軍略100年史』を書かれたきっかけを教えてください

2012年に中国初の航空母艦(空母)「遼寧」号が就役したとき、日本のマスメディアはお尻に火がついたような騒ぎになりました。こぞって「日本の危機だ」と。

しかしどういった危機なのか、この中国空母がどれほどの性能で、どう脅威なのか、冷静な分析はありませんでした。このようなマスメディアのあり方が、世論をミスリードしてしまいます。

空母遼寧はもともと旧ソ連で設計されたものが、建造途中でウクライナに引き継がれ、中国企業に買収されました。実は冷戦期のソ連は、空母よりも潜水艦の建造に熱心でした。

第二次大戦以降、飛行機と空母という組み合わせは軍事的に最強です。その空母の脅威となりうる兵器が、潜水艦でした。だからこそ、軍港を多く持たないソ連は、空母よりも潜水艦を多数配備して米国に対峙したのです。

空母は飛行甲板を備え、戦闘機や爆撃機を搭載した巨大な艦です。空母を実戦に投入するには、空(艦載機)と海(艦隊)の統合訓練が欠かせません。

しかし中国海軍は、そのような訓練ができていません。遼寧が台湾海峡を通過したとき、夜間発着訓練すらしていませんでした。戦争というのは昼間だけやるものでないのです。

中国の空母「遼寧」

さらに、ソ連が設計した空母は飛行甲板に傾斜をつけた「スキージャンプ方式」です。これはカタパルト(飛行機の射出装置)を搭載していない、いわば欠陥商品でした。この方式では、機体が重くなるので燃料もミサイルも半分しか積めません。

第二次大戦時、艦載機の機体重量はおよそ2トンでした。現代ではこれが20トンにも達します。さらに燃料を満タンにして、フル装備にして飛び立つ、これはソ連のスキージャンプ方式では無理です。

仮に燃料を半分のまま空母から飛び立たせて、すぐに空中給油して戦闘空域に向かえるなら良いですが、中国は空中給油機も充分には持っておらず、そのような能力もありません。最近ようやく、中国軍は南シナ海に空中給油機を配備しましたが、東シナ海には展開できていません。

遼寧は重油ボイラーで動きますので、飛行機のジェット燃料に加えて艦の重油燃料を積載しなければなりません。現代の飛行機は1リッターあたり70メートルと、ものすごい燃料を消費します。

必然的に、遼寧に搭載できる機体数は10数機に限定されます。ということは、中国空母部隊の戦闘能力は甚だ低い、と言えます。もちろん侮ってはなりませんが、基本的なファクト(事実)を掴んだ上で、いかに国民を守るかという議論をせねばなりません。

風聞に流されることなく、ファクトをしっかり押さえることがジャーナリズムです。

戦争に革命をもたらした航空母艦

Q.そもそも空母はどのような兵器なのでしょうか?

私も、もともと空母に詳しかったわけではありません。ただ、遼寧号就役のニュースをきっかけに、空母が登場して戦争にどのような革新をもたらしたのか、飛行機の発展の歴史と併せて検証することにしました。

国内で資料を探したのですが、なかなかありませんでした。そこで、米艦隊のアーカイブや米海軍戦争大学(U.S. Naval War College)の研究論文などで空母の運用や作戦について調べてみたのです。

そこでわかったのですが、第二次大戦の日米開戦時、両国の保有する空母隻数と飛行機数は同等でした。にも関わらず、なぜ日本は負けたのでしょうか。

実は米軍は開戦当時、戦艦の建造計画があったのを、真珠湾攻撃を受けて全て中止し、空母に切り替えていたのです。「これからは空母の時代だ」と気づいたわけですね。

一方で日本側は、真珠湾奇襲の成功の意味を何ら理解していませんでした。「勝って兜の緒を締め」ていませんでした。

真珠湾攻撃

これからの戦争は海上であっても空母で制空権を握らないと勝てない、軍艦じゃ勝てない、というのが米軍の判断で、これが決定的な転換点になりました。第二次大戦中、米軍は小型空母を含め100隻以上の空母を建造します。

さらに、飛行機の用途も大きく変化しました。それが「戦略爆撃」という思想です。その結果、東京を含む日本の大都市は空襲を受け、やがて空母にカタパルトを搭載して原爆を搭載した戦略爆撃機を飛び立たせる、という「作戦」に行き着くのです。

空母1隻の乗組員はおよそ6千人。ハムエッグを作る卵だけでも、毎朝1万2千個消費します。そのための補給体制だけでも大変なものです。

戦闘機はおよそ60機も搭載します。日本の航空自衛隊でも一つの基地にせいぜい12機。それを1隻に60機も積んで、作戦海域にできる限り近づくわけですから、飛行場をそのまま移動させるようなものです。

それが現在にも続く、米軍の軍事力の強さの核心なのです。

もちろん大陸間弾道弾(核ミサイル)もあります。それは「脅し」にはなりますが、局地戦には使えません。例えば北朝鮮などに対しても、空母を近くまで持っていき、目に見える形で示すことが心理的には有効です。

大きな歴史の流れを見たときに、空母とその艦載機の登場によって、革命的な戦争思想が生まれたと言えます。

密接に関わる外交と軍事戦略

Q.『海と空の軍略100年史』の狙いを教えてください

米国は今年4月の米韓合同演習に空母を派遣しませんでした。日本のマスメディアはそれを「米国からのピースサインだ」と報じました。しかしそのとき米軍は演習にワスプという「多目的攻撃艦」を派遣しています。

この艦は甲板がフラットで、戦車も運べますし、災害救助もできます。東日本大震災でも活躍しました。これに海兵隊が使う最新鋭戦闘機F35を積んで朝鮮半島近海に向かっています。これはある意味、空母派遣以上の脅しだったのです。

ワスプ級強襲揚陸艦

これは単に軍事作戦の問題ではなくて、トランプ政権が北朝鮮を屈服させるために何を狙っているのかを読み取る材料になります。米国はそうあっさりピースサインなど出しません。ギリギリまで締め上げて脅しあげてから、交渉に臨むのです。

『海と空の軍略100年史』を執筆するにあたり、かなりの部分で米国側の資料を参照しました。日本側にはそのような資料がありません。軍事マニア的な書籍はたくさんあるのですが、戦略を考える上で参考になる書籍は非常に少ないのも問題です。

この本は、日本の防衛について議論するのに最低限必要な知識を身につけてもらうために書きました。

私は自分なりに資料をあたって、一定の結論に達しました。私の結論が正解ではないかも知れません。ですから読者にも調べていただいて、「これは違うだろう」というご指摘をしていただきたい。この本を議論のたたき台にして欲しいと思います。

海と空の軍略100年史──ライト兄弟から最新極東情勢まで
著者:竜口英幸
定価:本体2300円+税

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