戦後まで続いた福岡の青年道場「振武館」 優れた人物が輩出した秘密とは

かつて日本の各地には、地域に根ざした青年組織が存在した。農村には「若者組」があり、都市部にも武士や商人の子弟が「青年自治組織」を形成していた。

そのような青年組織は第二次大戦の敗戦以降廃れたが、福岡市中央区にはつい最近まで「振武館」と呼ばれる柔道場が存続しており、まさに地域の青年組織の「場」として機能していた。

今年、振武館出身者であり九州大学の教育学専門家である白圡悟博士が『振武館物語』(集広舎)を書き下ろした。その思いを著者に聞いた。

『振武館物語』著者 白圡悟(しらつち・さとみ)博士インタビュー
聞き手:選報日本 編集主幹 本山貴春

地元から傑出した人物を

Q.「振武館」とはどういう場所だったのですか?

少年時代から青年時代にかけて、学校の公教育では培えないものがあると思うんです。子供達は受験勉強に追われ、部活動でもしない限りは濃厚な人間関係を結びにくい。その部活動も先生が怒鳴り散らすばかり、という例が少なくありません。

私自身の経験からも、学校では希薄な人間関係しか育ちませんでした。

例えば政治や社会の問題について学校では議論することができません。その結果、子供達は社会のことを知らずに大学へ進み、就職します。そうすると、自分の会社のことしかわからない社会人になってしまう。いま政治が庶民から分離しています。

かつては「自分たちの地元から傑出した人物を育てよう」という営みが各地にありました。その一つが、福岡にあった柔道場「振武館」です。学校教育とは違った形での教育があったのではないか、ということを世に問いたいと思いました。

振武館出身の中野正剛像(鳥飼八幡宮)

振武館は明治時代にできて、平成29年3月まで福岡市に存在した柔道場です。建物の老朽化によって解体せざるを得なくなったのですが、「青年が自主的に運営する」という特異な運営形態をもっていました。

この振武館がいかにして多くの青少年を育んできたのか、江戸時代から明治時代にかけて全国にあった日本人の教育魂のようなものが、つい最近まで「残り火」のように存続していたということを多くの人に知ってほしいのです。

振武館では柔道だけでなく、勉強会もやっていました。最近では15歳くらいから大学生くらいまでの青年が集まり、近代史の本などをみんなで読んだりしていましたね。ここからは著名な人物なども多数輩出しています。

自主的に集まって、自由に議論する場

Q.『振武館物語』はどんな人に読んで欲しいですか?

とくに高校生や大学生に読んで欲しいと思います。

かつて日本全国に、地元の「青年会」のような場があった筈なのです。自分自身の地元にあったであろう、そういった青年組織の歴史を掘り起こし、復活させて欲しい。『振武館物語』はそのヒントになります。

振武館の床の間

学校教育では、例えば「グローバル人材を育てよう」などと言ってカリキュラムを組むわけですが、青年組織にはそういうものはありません。自主的に集まって、自分の好きな本を読みます。そこで議論し、身近なことから社会のことを徐々に知ることができるのです。

現代日本人は地域との繋がりが極めて希薄です。学校を出て会社に入り、いつか地元に戻るわけですが、そのときには地元の人間関係がまったく無い。かつてあった青年組織は、青年の自主性を育てるとともに、地域の強い人間関係を作る機能を果たしていました。

やる気のなかった子供が劇的に変わった

Q.振武館に通う子供達はどのように育ちましたか?

たとえば柔道の稽古では、どんなに弱い子でも「投げられたら立ち上がる」ということを徹底していました。投げられても投げられても、自分の力で立たせる。そして立ち上がることができたら、周りが一斉に拍手する。

そうすると、初めは親から無理やり連れてこられてやる気のなかった子供が、1―2年でガラッと変わります。自閉症の子供もきていましたが、徐々に心を開いていく。段々やる気になっていくんです。

こちらから押し付けるのではなく、自分から立ち上がるようになります。

学校教育ではどうしても一人一人に目が行き届きません。教科書では、どうしても知識が標準化してしまいます。画一化・標準化された知識を元に成績を競わせ、受験させる。例えば坂本龍馬がどんな人物だったのかは教わらない。教育に中身が無いのです。

明治以降の公教育は「高品質な労働者」を大量に生み出すことには成功しました。しかし人間としての「精神的な土台」はどこで作るのか、と。不登校の子供もどんどん増えています。学校で教わる知識だけでは、子供達の精神的な欲求は満たされません。

昭和62年に新築された振武館(鳥飼八幡宮境内)

振武館のような青年組織の「場」は、学校では教わらない「精神的な土台」を育てる機能をもっていたのだと思います。そんな「場」がかつて全国にあり、いまもどこかに残っているかも知れません。

いま学校の他には学習塾がありますが、受験戦争に拍車をかけるばかりです。その結果、学力優秀な人間の中からおかしな高級官僚が生まれていますよね。要するに「人間教育」が欠如しているのです。

郷土に残り、郷土に貢献するという生き方

Q.振武館の再建はできそうですか?

振武館には経営者が存在せず、固定的な指導者もいませんでした。建物の改修が必要になれば、青年たちが自ら寄付金を募って振武館を存続させてきました。それは第二次大戦の敗戦によっても途絶えることがありませんでした。

この『振武館物語』によって、青年道場を再興しようという機運が盛り上がっていくことを願っています。郷土に残り、郷土に貢献する、という生き方は決して華々しいものではありません。しかしそうやって人材育成していた先輩たちを継承しよう、という人たちが必要です。

振武館物語 青年教育の日本的伝統
著者:白圡悟
A5判/並製/346ページ
定価[本体2000円+税]

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