選挙における物語の重要性
私は、地方選挙とは一に「人脈」、二に「実利」、三、四が無くて、五に「人柄」。最後の一押しとして「物語」だと思っています。いまや選挙における「物語」の存在は、結果を大きく変えてしまうものです。最後に置いたからと言って重要度が低い訳ではなく、むしろ情勢そのものを大きく変化させるものなのです。
人脈や実利、人柄は足し算的な効果ですが、物語は掛け算的な効果を及ぼします。いわゆる番狂わせが起こる時は、この物語の掛け算的効果が影響を及ぼした時に起きるものです。
ただ、この物語という因子は、ある一定の積み上がりが無いと姿を現しません。それは100℃になり突如沸騰を始める水のようなものです。そして、厄介なことには、どのようにして現れるのかは、その時々の状況によって異なるものなのです。
玉城デニー氏へのささやかなシンパシーとその選挙敗因
前置きを述べさせていただきましたが、沖縄県知事である玉城デニーという方は、この物語性が非常に強い方です。公表された生い立ちを見てもお分かりのように、この方の人生は戦後沖縄の苦難の歴史をそのまま体現したかようなものであり、私のような県外の人間ですら、「ご苦労されたんですね」と労いの言葉をかけたくなるほどのものです。
そのような、ご自身の苦難を跳ね返す、明るく優しい気性。そして、地元の方々との心のつながりを第一に考える政治姿勢。これで人気が出ない方がおかしいという位の絶対的な物語を玉城氏は所有していました。これまでの選挙で、多少地元への実利や組織的人脈で後れを取っても跳ね返してきたのは、この物語性の力の為せるものです。
そのような方が選挙で破れる時とは、その物語が効力を発揮しなくなったときであり、特に今回のような大敗は、物語そのものが消えるようなことが起こってしまったのだと私は考えます。これまで述べてきた「脱昭和」の光景が決定的に鮮烈に現れた、これが私の今回の沖縄県知事選に関する感想です。
更新が止まり、効力が無くなった物語
それでは、なぜ物語性が消えてしまったのか、それについては、物語性と言う言葉は使っていませんが、東京大学の斉藤幸平氏が既に述べていることに尽きると思います。
私の言葉でその大意を表現すれば、『ここ30年近く、沖縄を巡る周囲の状況は大きく変化しているのに沖縄の物語は更新が滞っている。これでは若い世代には届かない』というものです。
喩えて言えば、更新の滞ったホームページに読者がいなくなるようなものです。今回の知事選は、主として若い世代が、沖縄の物語を更新しようとした動きだと私は捉えています。
私達が沖縄に出来ること
私は、地方選挙はその地方の方々が決するものであり、事情を良く知らない部外者が軽々しく口を挟むものでは無いと思っています。しかしながら、昭和天皇は、日本人が忘れてはならない日として、沖縄慰霊の日、広島原爆の日、長崎原爆の日、終戦記念日の四つを挙げておられます。
その点に思いを致すとき私の脳裏にいつも甦るのが、沖縄戦末期、大田實中将が海軍次官へ宛てて出した電報の中の次の言葉です。
沖縄県民斯ク戦ヘリ。県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ
今回、沖縄の皆さんは重い決断を下されたと私は思います。その決意に対し、私達国民はこれからも関心を持ち支援・応援を続けるとともに、動き始めた沖縄の新しい物語を見守り続けねばならないと感じています。

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