永遠の日本を実現するのは他人ではない、君だ。

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(執筆者 馬場能久)

11月23日、筥崎宮で行われた「第四十五回福岡憂国忌」での私の挨拶は以下のようでした。

四十五年前、三島由紀夫先生が市ヶ谷駐屯地で決起された時、私はそのことを大学で聞いて、直ちに学校前の喫茶店に飛び込みテレビに釘付けになりました。その後父に「私も行動しなくてならないと思う。」と手紙を書いたことを記憶しております。両烈士の死は当時の祖国に思いを致す若者達に強い影響を与えました。そして、今も私達にとって、両烈士の遺した精神は、自分に突きつけられた刃であります。

私達は三島由紀夫、森田両烈士から、「お前は生涯をかけて祖国の為に尽くしているか。命懸けで戦っているか。」と心に刃を突きつけられているのです。この憂国忌は祖国に殉じた両烈士の慰霊の日であります。ですが、同時に彼らの魂と己の魂の共鳴の日でなくてはならないのです。両烈士を思う時、私の心は激しく波打ち、「俺は何をしているのか。日本国を立ち直さずして俺の人生がどこにあるというのか」と、自分の生き様、死に様に思いを致さずにはおられません。

ご存じのように昨年十一月十八日に前代表の辻幸男が亡くなりました。今年と違い、大変寒く、夜の冷たい空気の中で憂国忌のポスター貼りの指揮をしておりましたが、途中で体調が悪くなり帰った翌朝の出来事でした。彼は最後まで三島先生を思い続け、平素の言葉通り、死ぬまで戦ったのであります。

三島由紀夫森田必勝両烈士が命を賭けて訴え、そして辻幸男前代表が求め続け言い続けたものは何でありましょうか。それは天皇国日本の復活であります。天皇国日本の復活とは、永遠なる日本の生命の復活ということです。

昭和44年2月11日、宮城の見える憲政記念館の脇の歩道で当時23才の江藤小三郎氏がガソリンをかぶって焼身自決致しました。氏が残した「覚醒の書」には、「無私の心、真我に通ず。真我集へば破るる事なし。国の大事、すべて無私より始まる。我、神命により不生不滅の生を得む。ここに肉体を放棄し永遠の生命を得む。我「建国の日」に魂魄となりて、民族の危機にあたるものなり。」(※1)の文字がありました。この江藤小三郎青年の死に三島先生は大きな衝撃を受けたと言われています。

三島由紀夫・森田必勝両烈士、そして辻幸男前代表は私達に、「永遠の日本を実現するのは他人ではない。君だ。」と言っておるのあります。先の大戦で多くの若者が死にました。彼らも又永遠の日本に殉じたのであります。日本の生命は永遠です。この永遠の日本を実現せんと志す時に日本人の生命は真実の輝きを放ち、意義あるものとなり、個々の人生は永遠の生命に溶け込み日本と一体になるのであります。
先輩方がおられる席でこの様な無礼な言葉を吐いて大変失礼しました。私が言いましたのは若い後輩達に向かってであります。何卒ご海容を願います。

「功名いづれ夢のあと 消えざるものはただ誠」(※2)と申します。辻幸男はなくなりましたが、私どもはこれからもこの憂国忌を通して三島由紀夫、森田両烈士の示した消えざる誠の道を皆様と共に求め続けて参ります。何卒、今後共ご指導ご鞭撻を戴き、皆様と共に永遠の日本の実現に寄与して参りたいと思います。
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※父に書いた「私も行動しなくてならないと思う。」の答えは、「日本史を学ぶ」であった。そこから本物の勉強を始めたのではあるまいか。この答えというものはその年齢で違うし個々の心境で違う。感銘することの大切さは自分の中にある人間としての答えを導いてくれることにあると思う。
(※1)
「覚醒書」の原文は以下の通り
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   覚醒書
              江藤小三郎
 混沌たる世界、暗雲立籠む皇国。自然科学におかされ地獄道に落ちし民族。
これを救う道、一事に極む。これ大自然に治いし無私の心なり。無私の心、真我に通ず。真我集へば破るる事なし。国の大事、すべて無私より始まる。ここに気付き行えばあとは康し。一皇万民、天皇の許に真我が集う時、皇国毅然として興る。皇子皇民、一丸となり熱鉄玉を呑む勢いにて行えば世界万民を救う道をなすこと難くなし。我、神命により不生不滅の生を得む。ここに肉体を放棄し永遠の生命を得む。我「建国の日」に魂魄となりて、民族の危機にあたるものなり。
 あらあらし 空にこみとり大楠の 大御心を誰ぞ知らん。
 かくすれば かくなるものと知りつつも やむにやまれぬ 大和魂
 昭和四十四年二月十一日
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三島由紀夫は江藤小三郎の死についてこう書いている。
「二月十一日の建国記念日に、一人の青年がテレビの前でもなく、観客の前でもなく、暗い工事場の陰で焼身自殺した。 そこには、実に厳粛なファクトがあり、責任があつた。芸術がどうしても及ばないものは、この焼身自殺のやうな政治行為であつて、またここに至らない政治行為であるならば、芸術はどこまでも自分の自立性と権威を誇つてゐることができるのである。私は、この焼身自殺をした江藤小三郎青年の「本気」といふものに、夢あるひは芸術としての政治に対する最も強烈な批評を読んだ一人である」(「若きサムラヒのために」)
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私がかつて書いた記事
(小三郎)道兄は日本の生命と我が生命を一つのものとなす。
その上で国民同胞に覚醒を求められた。
江藤小三郎の生死した世界こそ、我が日本民族の永遠の生命世界である。
そしてこれこそが我らが誇る先哲らの生死した世界でもある。
「我、神命により不肖不滅の生を得む」と言っているが、
正にその通りで、道兄の魂魄は日本の生命に溶け込み永遠の生命を得た。
心ある日本人が江藤小三郎に学ぶ第一のものはここにある。
日本の自覚が日本人である我が真の生命を生じるのである。
これは我が国の道統であり、一人小三郎のみのものではない。
その民族の値打ち、その国家がどれほどのものであるかは、
その民族、国家がどれほどの人間を生んだかにより決定される。
その意味で江藤小三郎は日本の魂を代表する一人である。
我らは江藤小三郎をもって世界に誇りとして良い。
無私の心こそ東西を問わざる万古不変の最高境地なのだから。
(※2)
功名いづれ夢のあと 消えざるものはただ誠
これは土井晩翠の処女作、詩集「天地有情」に掲載された「星落秋風五丈原」の中にある。「星落秋風五丈原」は蜀漢の丞相・諸葛亮孔明の最後について書かれたもの。
嗚呼五丈原秋の夜半 あらしは叫び露は泣き
銀漢清く星高く 神秘の色につつまれて
天地微かに光るとき 無量の思齎らして
「無限の淵」に立てる見よ 功名いづれ夢のあと
消えざるものはただ誠 心を尽し身を致し
成否を天に委ねては 魂遠く離れゆく
こうもある。
成敗遂に天の命 事あらかじめ図られず
旧都再び駕を迎へ 麟台永く名を伝ふ
春玉樓の花の色 いさをし成りて南陽に
琴書をまたも友とせむ 望みは遂に空しきか
君恩酬ふ身の一死 今更我を惜しまねど
行末いかに漢の運 過ぎしを忍び後計る
無限の思い無限の情 南成都の空いづこ
玉塁今は秋更けて 錦江の水痩せぬべく
鉄馬あらしに嘶きて 剣関の雲睡るべく
明主の知遇身に受けて 三顧の恩にゆくりなく
立ちも出でけむ旧草廬 嗚呼鳳遂に衰へて
今に楚狂の歌もあれ 人生意気に感じては
成否をたれかあげつらふ
成否をたれかあげつらふ 一死尽くしし身の誠
仰げば銀河影冴えて 無数の星斗光濃し
照すやいなや英雄の 苦心孤忠の胸ひとつ
其壮烈に感じては 鬼神も哭かむ秋の風

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